第495回月例研究会講演要旨(2011年6月16日開催)
テーマ 「2型糖尿病の外来診療最前線 ~経口剤からインスリン療法まで~」
講 師 順天堂大学大学院(文科省事業)スポートロジーセンター 河盛 隆造
Q:医学部5年生、ポリクリで小生の“糖のながれ”の説明を聞いた後での質問:「先生はインスリンは臨床応用されて90年、未だにmagic drug 、とおっしゃいましたが、糖尿病患者では、皮下インスリン注射投与で、“糖のながれ”は正常化できないのではないでしょうか?」
A:まず、皆様に“糖のながれ”を説明しましょう。健常人においてすら、血糖値は運動や食事といった外乱に対応して、刻々と変動しています。血糖値は全身でブドウ糖が如何に処理されているか、を反映しており、したがって、血糖値から“糖のながれ”“インスリンのながれ”の状況を的確に把握すべき、と私は捉えています(1,2)。特に健常人や2型糖尿病患者が1型糖尿病患者と大きく異なる点は、膵β細胞から分泌されたインスリンの肝への流入の有無、流入量にあるといえます。さらに、インスリンのみならず肝に流入するインスリン/グルカゴン/ブドウ糖のカクテルの比率が、肝での糖処理能、その結果としての食後・食前血糖値を規定している、と考えて血糖応答を理解してみましょう。
40年前に私は膵全摘出犬を作成し、門脈に数本のカニューラを挿入し、インスリン、グルカゴン、radioisotopeを付けたグルコース、を種々の率で注入し、肝や全身細胞の糖処理状況を詳細に検討してきました。例えば、正常イヌをtreadmill 走行させた際、血糖値は全く変動しません。しかし体内ではダイナミックな変化が起こっているのです。運動中、筋・糖取り込み率が亢進し、インスリン分泌率は低下しました。一方、グルカゴン分泌が高まり、肝・糖放出率が上昇し、この両率が一致しているので血糖値は変わらなかったのです。膵摘出イヌでは、インスリン注入率を多めに、グルカゴン注入率を少なめにすると、運動中に血糖値は低下し続けました。皮下投与インスリンが過大であった際には、運動中筋・糖取り込み率が激増し、低血糖を起こしました(3)。逆に、良く経験するように、2型糖尿病と診断された方が慣れない運動を急に行った際、ストレスとなりグルカゴン、カテコラミンが分泌され、肝・糖放出率が高まる、一方インスリンによる筋・糖取り込み率が低いことから、高血糖になることが多いですね。
炭水化物を減らしてたんぱく質ばかり摂る食事療法を推奨する方々がいますね。ステーキのみを摂取した際のモデルとして、アルギニンを注入しました。アルギニンによりインスリン分泌亢進→筋・糖取り込み率亢進、グルカゴン分泌亢進→肝・糖放出率亢進、により血糖値は変わりません。しかし、インスリン分泌が低下した2型糖尿病においては、インスリン分泌不足、グルカゴン分泌過剰のため、血糖値は上昇するのです(4)。患者一例一例のインスリン分泌状況などを踏まえて、的確な食事療法の指導が重要であることを物語っています。
このように、種々の“外乱”に対して、“糖のながれ”が如何に対応しているのか、推察することが大切です。2型糖尿病や耐糖能異常の発症機序は一例一例で異なり、かつ各時点で病態は刻々と変動しているので、病態生理を正しく読み取ることが介入手段を決定する上で必須のことなのです。
朝食前血糖値上昇の病態機序は
朝食前空腹時血糖値が10時間以上の絶食にもかかわらず、110 mg/dl 以上になっているのは、肝・糖放出率が全身・糖取り込み率を上回る状況が継続した結果であり、その機序として圧倒的に多いのは①内因性基礎インスリン分泌率の低下が挙げられます、が②たとえインスリン分泌率が低下していないとしても、インスリンによる肝・糖放出率が抑制されないこと、さらに/あるいはインスリンによる全身細胞・糖取り込み率が高まらないこと、が重なったためと推定できます。肥満のない、運動不足のない健常人では内因性基礎インスリン分泌率は1時間当たり1単位程度(250 μU/Kg/Min)であり、その結果、朝食前空腹時血中インスリン(IRI)値が5-6 μU/mlとなります。朝食前空腹時血糖値が 150 mg/dl 程度であり、朝食前空腹時血中インスリン値が10-20 μU/mlであるとすると、その状況は基礎インスリン分泌が不十分 → インスリンによる肝・糖放出率抑制不良、全身細胞・糖取り込み率不良 → 夜半血糖値上昇 → 血糖値上昇によるインスリン分泌の刺激、しかし分泌量は不十分、と理解すべきでしょう。すなわち、血糖値や血中インスリンレベルの数値のみから判断して「インスリン抵抗性だ」とするのではなく、「インスリン分泌不全」が中心だ、と理解すべきなのです。
一方、朝食前空腹時血糖値が 120 mg/dl 程度であり、朝食前空腹時血中インスリン値が20-30 μU/mlであるといった状況は、肝や筋でのインスリンの働きが不良である → 肝・糖放出率抑制不良、全身・糖取り込み率不良 → 夜半血糖値上昇 → 血糖値上昇によるインスリン分泌亢進→ かろうじて高血糖を防止している、と捉えることができます。高度肥満例やNASHにみられる2型糖尿病ではこのような例が多い、とお気付くでしょう。
食後血糖値異常上昇の病態機序は
食後の血糖応答も肝・糖放出率と筋・糖取り込み率の両者により規定される、と成書に記載されてきました。しかし、私は肝・糖取り込み率が占める割合が“糖のながれ”の中できわめて大であると捉え、その制御因子を解明すべく研究してきました(2)。人において肝・糖取り込み率の定量化を可能にすべく、筆者らが開発した人工膵島を用いる制御アルゴリズムを改良し、インスリンによる筋・糖取り込み率と同時に経口ブドウ糖負荷後の肝・糖取り込み率を定量化するクランプ法を考案しました(5)。本法の妥当性を実際にイヌにおいて直接的に肝・糖取り込み率を定量化することにより証明することができました。このクランプ法は、臨床研究のツールとして欧米でも多用されるようになりました。
食後には門脈から、ブドウ糖、インスリン、グルカゴンが肝に速やかに流入します。肝・糖放出率がシャットアウトされ、肝・糖取り込み率が高まり、肝を通り抜けるブドウ糖量が少なく、食後血糖値上昇が軽度であり、かつブドウ糖はインスリンの働きで全身細胞に取り込まれ、血糖値が速やかに食前値に復するのです。2型糖尿病では、肝に流入するカクテルの、インスリンレベルは低い/グルカゴンレベルが高い/ブドウ糖が多い、ことから、肝での糖処理能が低く、食後血糖値が顕著に上昇する、と捉えるべきでしょう。
皮下投与インスリンによる血糖制御の問題点は?
しかし、現在のインスリン療法は、皮下組織、あるいは末梢静脈内にインスリンを投与せざるを得ません。インスリン注射療法により、たとえ完璧な血糖応答のコントロールができたとしても、各臓器における糖処理状況は、健常人と同様、とは決していえないでしょう。健常人に見る“糖のながれ”を再現してはいないことを認識しておくべきです。すなわち、門脈内流入インスリンの作用特性として、①肝よりの糖放出率抑制、②肝糖取り込率亢進、③末梢組織インスリンレベル調節、などが考えられますが、私どもは④血糖制御幅が大である、ことを証明しています。つまり、皮下注射時や末梢血中へのインスリン注入時には、インスリン投与量のわずかな変化が血糖制御に大きく影響しますが、同一血糖制御を得る門脈内流入インスリン量の幅は、顕著に大きい、言い換えると門脈内流入インスリンでは効果発現のためのハンドル操作に遊びが大きいことになります。
したがって、1型糖尿病に対する今後の膵移植や体内埋め込み型インスリン注入ポンプでのインスリン流入路は、ぜひ門脈系を選択すべきでしょうね。筆者らが膵外分泌細胞をインスリン分泌細胞に変える、という再生医療に取り組み、現実性を帯びてきました(6)が、開発研究の目的はこの点にもあるのです。
一方、2型糖尿病患者においては「内因性インスリン分泌をいつまでも長持ちさせる」ことが安定した良好な血糖コントロールを維持する上で、さらに肝にインスリンを供給するというtargeting を満たす上で必須であり、そのため必要と判断した際には的確なタイミングで薬物療法を開始し、2型糖尿病でなかった状況に戻すこともめざすべきなのです。インスリン療法が必要になった2型糖尿病におけるインスリン療法は、内因性インスリン分泌の足らない時に、足らない量を充分量補充することに加え、門脈に流入する内因性分泌インスリンを最大利用することにあるのです。
Q:、「2ヶ月間糖尿病・内分泌内科で研修した際には、多くの症例で血糖コントロール手法を学びました。病棟では、心筋梗塞、脳梗塞などでの高血糖はインスリン点滴で、感染症、悪性腫瘍術前、術後、ステロイドによる高血糖では、インスリン頻回注射療法で、短期間に正常血糖応答に戻し、かつ維持できました。今、総合内科医として外来診療に当たっていますが、どのようなインスリン療法から開始すべきか、何単位から開始するのか、よく分かりません。」(卒後3年、総合内科医局員)
A: 2型糖尿病のインスリン療法に関しては大きな様変わりを感じます。私どもは既に20数年前より、SU薬二次無効患者に対して毎食前の速効型インスリン注射療法や 携帯型ポンプによるインスリン持続注入療法を外来診療で積極的に導入し、夜間のみならず食後血糖応答を正常化していると、内因性インスリン分泌の回復がみられ、インスリン療法が不要となる例が多いことを発表(7)し、「2型糖尿病におけるインスリン療法の目的が、インスリン分泌の回復をもたらすことにある」と提唱してきました。しかし、欧米の医師たちはこの現象を“Japanese phenomenon” と称していました(8)。その理由は、「肥満が顕著でない日本人ではインスリン抵抗性が少なく、僅かな内因性インスリン分泌の回復が良好な血糖コントロールをもたらす」ということでした。ところが、今や、多くの優れたインスリンアナログ製剤の的確な応用により、種々の臨床的知見が得られたとして、“ A new culture of insulin treatment; From insulin replacement to β-cell preservation ”が提案され、より積極的にインスリン療法を開始し、再び内因性インスリン分泌を良好にしよう、The evolving paradigm of insulin use ! としてもて囃され始めています。“肥満で、インスリン抵抗性が大である”欧米の2型糖尿病患者においても厳格な血糖コントロールの持続が、インスリン抵抗性を克服するほどのインスリン分泌の回復をもたらしたことになります。
一方、2型糖尿病患者においては「内因性インスリン分泌をいつまでも長持ちさせる」ことが安定した良好な血糖コントロールを維持する上で、加えてインスリンを肝に流入させる、というtargeting を満たす上で必須であり、そのため高血糖の持続を放置することなく、必要と判断した際には的確なタイミングでインスリン療法を躊躇することなく導入すべきなのです。具体的には、他の経口糖尿病用薬に加え、多量のSU薬が長期に使用されているにもかかわらず、HbA1c値 7.5%以上で、降下しない状況が持続している患者では、機を逸さずインスリン療法が導入されるべきなのです。
2型糖尿病のインスリン療法は、不足している内因性インスリン分泌量を、足らない時に、足らない量を十分量、補うことにあります。さらにインスリン療法の目標はHbA1c値を7%程度に下げる、ということではなく、食間、夜間のみならず食後の血糖応答をもできうる限り正常域にもってくること、と捉えるべきです。①24時間にわたる基礎分泌の不足分を持効型インスリンで補う、②毎食後の血糖応答制御に必要なインスリン分泌を超速効型インスリンアナログで補充する、あるいはその両者を補充する方式があります。
外来診療で、既に用いている経口糖尿病薬を継続しながらインスリン療法を開始する方式が普及してきました。インスリンを使うのに、なぜ、もはや有効でないと捉えられる経口糖尿病薬を継続するのか、との質問が多いです。特に持効型インスリン製剤1日1回注射療法で開始する際に、経口糖尿病薬を続けていく理由として、①最初のうち、インスリン投与量が過少であっても、血糖コントロール状況が悪化することはない、②頻回の、来院時随時血糖値やグリコアルブミン値を指標として、インスリン投与量を調整していけばよい、③メトホルミンやピオグリタゾンにより注射インスリンの効果を高める、α-グルコシダーゼ阻害薬により食後の急激な血糖値上昇を防止しうる、特に④SU薬に刺激された、わずかなインスリン分泌が肝・糖取り込み率を高め食後血糖応答を改善する、など挙げられます。
文献
1) 河盛隆造:第45回日本糖尿病学会総会会長講演;糖のながれのシステム生物学 糖尿病 2003;46:101-105
2)河盛隆造. ハーゲドーン賞受賞講演:“糖のながれ”における肝・糖取り込み率制御因子の解明 糖尿病 2006;49:771-773
3)Kawamori R, Vranic M. Mechanism of exercise-induced hypoglycemia in depancreatized dogs maintained on long-acting insulin. J Clin Invest 1977;59:331-7
4)Cherrington AD, Kawamori R, et al. Arginine infusion in dogs. Model for the roles of insulin and glucagon in regulating glucose turnover and free fatty acid levels. Diabetes 1974;23:805-15
5)Kawamori R, et al: Effect of strict metabolic control on glucose handling by the liver and peripheral tissues in non-insulin dependent diabetes mellitus. Diab Res Clin Pract 23: 155-161, 1994
6) Ogihara T, et al: Combined expression of transcription factors induces AR42J-B13 cell to differentiate into insulin-producing cells. Endocr J 55:691-698,2008
7) Kawamori R et al: Fasting plus prandial insulin supplements improve insulin secretory ability in non-insulin dependent diabetics. Diabetes Care 12: 680-685, 1989
8) Galloway JA: Treatment of NIDDM with insulin agonists or substitutes. Diabetes Care 13:1209-1239,1990