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政策部長談話 「企業の医療経営業参入と産官学複合の投機マネー誘導策 『スーパー特区(先端医療開発特区)』に疑問を呈する」

 企業の医療経営業参入と産官学複合の投機マネー誘導策

「スーパー特区(先端医療開発特区)」に疑問を呈する

 

神奈川県保険医協会

政策部長 森 壽生


 政府は「スーパー特区(先端医療開発特区)」創設に向け、9月12日を提出期限に公募をしている。これはiPS細胞応用、革新的な医療機器開発など5分野を対象に、企業や研究機関と大学病院や高度医療専門センターによる「複合体」を「コンペ方式」で選抜し、国の研究資金の一元的運用の自由を与え、開発段階から厚労省等と並行協議し規制緩和を図り、最先端医療技術の開発促進をする全く新たなスキームとなる。一見、医療産業育成や知財戦略の一環の色彩を帯びているものの、この「スーパー特区」は、治験を前提としない「高度医療評価制度」の活用を認めており、しかも医療保険との併用が可能となるため、「医療特区」で問題となった企業の医療経営参入のための新たな"迂回路"となる。また法令の新GCPに則らない臨床試験の合法化によるダブルスタンダード化や、その下での医療機器「試作品」の臨床研究への利用や事故補償の保険商品開発を準備しているなど、人道的にも問題が大きく、"人体実験"の懼れがあり、ヘルシンキ宣言からの逸脱が非常に危惧される。

 われわれは、患者・国民のための医療・医学技術の進歩・発展、スピード化を否定するものではない。しかし、複雑怪奇な仕組みを通じ、産業界が巨利を貪るため非営利の医療を舞台に、治験の空洞化と医の倫理を形骸化し、株式会社の医業経営参入とファンドマネーに道を開き、臨床研究における混合診療解禁(科学研究費への医療保険補填)を企図する「スーパー特区」の誕生に強い疑問を呈するものである。

  

 「スーパー特区(先端医療開発特区)」は、内閣府、文科省、厚労省、経産省、の四省府合同の、「技術革新特区」の第一弾として医療分野での創設を期されたもので、大学病院などの臨床研究施設を中核に企業や研究機関を結んだ「複合体」に最先端医療の戦略的テーマを設定させ、コンペ方式で選抜し、各省庁の研究資金を一括助成し特許の早期審査など大幅な規制特例を与えるというもの。対象の医療分野は(1) iPS細胞応用、(2)再生医療、(3)革新的な医療機器の開発、(4)革新的なバイオ医薬品の開発、(5)国民保健に重用な治療・診断に用いる医薬品・医療機器の国際的な共同開発の5つとなっており、話題のiPS細胞応用のみにフォーカスをあてたスキームでは決してない。

  

 そもそもこの「スーパー特区」とは経済財政諮問会議の提案である。今年3月18日発表の「イノベーションを支える「スーパー特区」の創設を―既存制度をブレークスルーする『革新的技術特区』―」でその名称とアイディアが具体的に提起され、5月23日の四省合同の「『先端医療開発特区(スーパー特区)』の創設について」に結実したものであり、マイルドな内容表現で諮問会議へ満額回答とした。

  

 従来の「医療特区」(構造改革特区)は行政区単位に特区メニュー(特定事業)を申請し、内閣府の構造改革特区室がとりまとめ、関係省庁と協議し認定、規制緩和を特例的に実施していた。しかし、この「スーパー特区」はテーマ重視で、複数拠点をネットワークで結んだ複合体を前提に、開発段階から厚労省と規制の特例を密接に協議し技術開発を支援する仕組みである。しかも構造改革特区は国からの財政支援がなかったのに対し、このスーパー特区は各省ごとに助成していた科学研究費の統合、集中投入や民間企業の委託研究費との統合運用も行なえるとしている。更には、煩雑な会計事務を合理化し巨額資金の管理権限を複合体サイドに委譲し、費目間流用、資金繰越、採択前研究費への充当など自由に使えるに日本版FDP(Federal Demonstration Partnership)の実現も企図されている。

  

 とりわけ規制の特例では、(1)安全性・有効性の検証方法、リスクの考え方を開発段階から厚労省と継続協議し「基準策定」が行なわれ実用化が円滑になるとし、大幅な規制緩和が想定されている。また、(2)承認審査のスピードアップや、(3)医療機器の「試作品」を臨床研究に利用できるようにし、被験者の事故の補償に備えた民間保険商品の準備を図る。更には、(4)高度医療評価制度を活用し、(5)被験者の負担軽減を名目に評価療養制度(保険外併用療養)の適用を認め、?特許の"超早期審査"を実施するとしている。

  

 今年4月にできた高度医療評価制度は、未承認薬・医療機器を法令(新GCP)に則らずに治験未実施で大学病院等で使用できる仕組みである。しかも、自由診療に医療保険を一部適用する保険外併用療養費(評価療養)の対象となっている。「スーパー特区」ではこの高度医療評価制度により臨床研究が実施しやすくなる、としている点が最大のポイントである。新GCPに則らない、つまり薬事法の申請データとならない試験データの蓄積を「科学的」と嘯き、科学研究費で全てを賄うべき臨床研究にもかかわらず、患者負担(被験者)の軽減を理由に評価療養の適用としている。

  

 治験は、安全性・有効性の担保である。「高度医療評価制度」はこれを度外視したものであり、「スーパー特区」誕生で制度活用が広がり、臨床研究はダブルスタンダード化する。この春、生保患者への未承認薬使用も認められており、治験制度の空洞化、医の倫理の形骸化が非常に危ぶまれる。事実、「臨床研究の倫理指針」の見直しも、この「スーパー特区」創設と軌を一にして行なわれている。

  

 過日、規制改革会議の未承認薬に関する審査基準の大幅緩和要望に対し、厚労省は「民族差」の観点から国内治験は必須と、道理ある理由で退けており、この一連の動きとの自家撞着は甚だしい。昨今、大学病院での倫理委員会の虚偽承認が明るみになり、「法規制の検討必要」(朝日新聞08.8.14)と指弾されているだけに、「スーパー特区」創設は慎重であるべきである。とりわけ監督官庁の厚労省の責任は重いことを自覚すべきである。

  

 全国で1件しかない企業の医療機関経営の「医療特区」(横浜市)は、再生医療など自由診療でしか認められていない。しかし、この「スーパー特区」誕生で企業が医療保険を扱うことができるようになる。医療特区は国会、神奈川県議会で政治問題化し、その後増えていない。総務省行政評価局の平成17年度報告書でも、(1)全国的レベルで医療団体の理解と、(2)経営面で医療保険の取り扱いが課題とされていただけに、これは現状打破の新機軸となる。

 つまり、企業と大学病院などの研究拠点ネットワークの複合体を隠れ蓑に、医療保険への企業参入を円滑化し、企業資金と科学研究費を統合したファンドマネーを投下。医療機器「試作品」の実験使用、治験に縛られない未承認薬の使用やバイオの開発など、企業にとってやりたい放題の環境整備となる。訴訟対策で非治験の事故補償をする保険商品の開発も準備されており、非常に手が込んでいる。

 既に、大阪府がバイオ産業支援の目玉として食指をのばし、神戸市の先端医療特区が意欲をみせ、アラブ首長国の投機マネーすら報道沙汰となっている。今年度は20程度の複合体を選定し、科学研究費の一元的運用は次年度からとしているが、今年度は企業資金の集約・投資も匂わせている。

 しかもそれだけに留まらない。2007年度の日本政府への、米国政府の年次改革要望書では「特区制度における新たな取り組みの奨励」や「特区の全国展開」「医療関連企業による特区の中でのあらゆる医療の提供」が強く求められており、これに応えたものがこの「スーパー特区」となっている。

 われわれは、投機マネー誘導、臨床研究の混合診療化、医療特区の全国化と、医療を蹂躙し産業界の野望に満ち溢れた「スーパー特区」に疑問を呈し、ヘルシンキ宣言の遵守を強く求めるものである。

2008年9月5日