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政策部長談話 「膨大な社会的経済的ムダと現場混乱招く 明細書発行の義務化 医療は商品購入ではない 保険者のレセプト開示で、問題は解決する」

膨大な社会的経済的ムダと現場混乱招く 明細書発行の義務化 

医療は商品購入ではない 保険者のレセプト開示で、問題は解決する

 

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 中医協は2月5日、患者の窓口負担支払いに際し、医療機関にレセプトなみの領収明細書の発行を原則、義務付けることに合意した。その理由として医療の透明化、薬害・医療事故の資料などが挙げられているが、これらは根拠が乏しく不可解な点も多い。しかも、いたずらに医療機関の費用負担・事務負担を課すばかりか、合理性や整合性のない診療報酬点数の仕組みや「用語」の説明を医療機関に強いるものとなり、無用なトラブルが医療現場で多発する懸念が大きく、撤回すべきだと考える。

 

 現在、領収明細書は患者の求めに応じ、一部の医療機関でのみ発行することになっている。患者の求めの有無にかかわらず全患者に発行しているのは、ナショナルセンターでも国立がんセンターなど16病院とごく僅かにすぎない。圧倒的多数の医療機関は「患者の希望」による発行であり、何ら不都合は生じていない。実際に、中医協の改定検証部会の調査でも、病院・診療所ともに明細書発行の依頼が「ほとんどない」が9割を占めている(「明細書発行の一部義務化の実施状況調査」H21.11.10)。

 

 既に06年から全医療機関に対し、「初・再診料」「検査」「投薬」などの点数区分の入った領収証の発行が義務付けられているが、医療機関の窓口でゴミ箱に捨てられている例も多い。

 今回の合意は、診療報酬の電子請求を行っている医療機関に、無料で領収明細書を全患者に発行させるもので、対象は病院の9割、診療所の5割、薬局の9割を占め、膨大な紙のムダが発生する。そのことにも比して、以下に見るように社会的な大混乱が予想される。

 

 そもそも、医療は必要に応じて提供される性質のものである。よって健康保険で「現物給付」としており、その提供は実は保険者に義務付けている。そして保険者は全医療機関へ医療提供を委託する保険契約を都道府県を通じ包括的に結んでおり、医療機関は医療提供の対価を公定価格の診療報酬として保険者に請求、保険者が対価を支払うという関係性にある。窓口負担(「一部負担金」)とは、保険者が支払う対価の一部を、患者から医療機関が代理受領をしているに過ぎないのである。

 つまり、医療現場での領収証は、金額領収の意味以上のものではない。いわんや市場での商品購入における領収証とは性質が全く異なる。当然ながら商行為ではないゆえに窓口負担は印紙税法や消費税法の対象ではないのである。

 

 中医協の議論で、支払側委員が「明細を教えていただくのは当然の権利」と憤慨しているが、先述のことに照らせば本末転倒なのである。本来、"あなたの治療に、これだけの費用を出した。明細はこうだ"と、周知したいのなら、それは保険者の仕事である。保険者がレセプトを無料で患者に開示すればよい。医療機関は、治療や病気、治療方針、投薬・検査内容の説明、生活指導などの医療が本分である。先進諸外国に比して極端に過重な3割の窓口負担が、支払側委員の商品購入との誤解・錯覚を生んでおり、患者も負担に敏感とならざるをえなくなっている、これが根源的な問題なのである。

 

 診療報酬とは保険者の対価支払いの便法であり、仕組みも名称も医学や医療から懸け離れたものが多い。事実上、厚労省の医療課の官僚による点数項目メニュー、名称付け、価格設定が行われているからである。しかも、この点数項目は医科8,000項目、歯科3,000項目にも上り、関連通知とともに収載された解釈本は各々、国語辞典より厚く、医療現場の人々でも一読で理解できない。いわんや一般には非常に理解が難しいものである。

 

 この間、中医協で議論されている再診の際の料金でさえも、診療所「再診料」710円、200床未満病院「再診料」600円、200床以上病院「外来診療料」700円と「一物三価」でありながら、支払側委員が「一物二価」との認識で議論を進めてきており、そのことを如実に物語っている。

 

 患者にこの保険者支払いの便法、診療報酬の明細が明らかにされても、用語も仕組みも理解できずに疑問が生じ、説明を求め窓口が混乱することは火を見るより明らかである。例えば、月初めに生活習慣病の薬を2週間分投与し処方料600円を算定、月末に必要があって4週間投与すると「特定疾患処方管理加算」により、新たに1,070円の算定となるが、前回の600円は420円の算定になる。また在宅医療の「在宅時医学総合管理料」は月2回の訪問診療を要件に毎月算定する包括点数(パッケージ料金)だが、患者死亡や事情で2回訪問診療できない場合は訪問診療料など出来高算定に変更となる。

 これらは医療機関にとっては月単位の保険者への請求であり対応が可能だが、毎回の診療ごとに患者に明細書を発行するとなると、患者説明や窓口負担金の精算など、狂騒が目に浮かぶ。事実、現在の区分領収証でも、トラブルは生じている。付言すれば、保険請求上の「料金用語」は医療・医学用語でも何でもないものが非常に多い。

 

 中医協の議論では、個別項目の価格を患者が知ることでリテラシーが高まると出されたが、既に見たように非常に疑わしい。この医療行為への対価は、名称も評価基準や評価範囲・方法が毎回の改定で変転するからである。しかも、医療行為の価値判断は一般人には難しく、市場の商品ではないので需給バランスで価格決定はしないからである。

 

 医療事故・薬害の資料というのも首をかしげる。この医療料金の明細、レセプトの開示は現在も患者が保険者に請求すれば可能であり、できないのは精神疾患やガンなど治療上支障が出ると担当医が判断した場合のみである。細切れの領収明細書より、月単位で詳細なレセプトの方が有用なはずだ。それ以上に、このレセプト開示が医療情報開示の次善策として認められた12年前と違い、現在は個人情報保護法によりカルテ開示そのものが医療機関に義務付けられており、領収明細書の全患者発行に積極的な意味を見出しにくい。訴訟の際は、領収明細書ではなくカルテが証拠採用されるからである。

 

 今回の領収明細書の全患者発行は、別な意図も見え隠れする。中医協に出されている雛型は、「領収証」と「診療明細書」の2枚出す形とされており、後者は「診療報酬明細書」ではなく「診療」の明細書であり、多くの患者の誤解を招く。いずれ患者要求をカルテの無料開示までつなげていこうという深謀遠慮さえ感じる。事実、全患者発行の推進派の支払側委員が、トヨタ記念病院の例(自動入金機の画面で領収明細書の要・不要が選択できる)を不用意に出したことをめぐり、会議後に医療課長が詰め寄り抗議したことが報じられている。

 また窓口混乱による、患者数の抑制、制限に向けた高等戦略というようにも見える。

 

 以上、領収明細書の発行は、社会的経済的なムダと現場混乱を招くことが想像に難くないにもかかわらず強行しようとしており、社会実験のきらいが大きい。改定検証部会で検証すると中医協は悠長な構えでいるが、即刻、撤回すべきである。

 改定骨子へ寄せられたパブリックコメント2,983件のうち、領収明細書発行に賛意を示す意見は10件にすぎず、国民の関心事にはなっていない。過ちは改めるに如かず、良識を求めたい。

2010年2月9日