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政策部長談話 「これは、野垂れ死に、ハゲタカ作戦ではないのか?国民軽視の医療・介護総合確保法案の拙速を指弾する」

これは、野垂れ死に、ハゲタカ作戦ではないのか?

国民軽視の医療・介護総合確保法案の拙速を指弾する

 

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 2025年の超高齢社会を見据え、孤独死を解消し、都市部でコンパクトシティーを作るとした、医療・介護総合確保法案(「総合法案」)が5月15日、衆院本会議で自民・公明の賛成多数で可決、参院に送付された。自立自助を哲学とする「社会保障改革プログラム法案」具体化の第一弾だが、19本の法律案を「一括」審議とする憲政史上、異例の国会軽視の上に、委員会強行採決を重ねた、この国民軽視にわれわれは抗議する。この法案は「総合確保」とは名ばかりで、実態は高齢者の野垂れ死に作戦、ハゲタカ作戦に帰結する危険を感じている。法案の拙速な成立を戒め、廃案とすることを強く求める。

 

 この「総合法案」は、超高齢社会へ向けた医療・介護の連携を、(1)医療費データ等を基にした医療機関の適正配置と、(2)「生活支援サービス」を企業ビジネスに委託するための法整備である。

 医療機関の適正配置のために、その絵図面(地域医療ビジョン)を「県」に描かせ、その整備のためにお金(「基金」)と「権限」―病床機能の転換や病床削減要請へ従わない医療機関名の公表や補助金不交付等、を知事に与えることとなる。これにより県は特定機能病院(大学病院)、地域医療支援病院(基幹病院)の承認権さえも、生殺与奪の権を握り、絵図面作成上、強力な「力」を得る

 

 2025年から全国の年間死亡数は現在の100万人から160万人へ増え、これを人口減少への突入局面で迎える。この超高齢社会への対応のキーワードが「施設から地域へ、医療から介護へ」である。病院・施設のハコモノは増やさず、看護師等の人員体制を厚くし病床「回転率」を速め吸収するとの当初想定は早くも棚上げされている。政府の描いた推計では、2025年の需要ギャップは病院病床▲26万床、介護施設▲30万人分であり、改革後に増加するとしたのは、居住系サービスが9万人分増、在宅サービスが15万人分増だけである。単純計算で、「地域」で需要をみたせず、大幅な乖離があることは一目瞭然である。

 

 絵図面(地域医療ビジョン)の作成に、医師会・病院団体が協議の場に参加はできるものの、地域の医療需要の把握はレセプトがベースのため、経済的に受診できない患者、受診抑制・治療中断した患者の医療需要は捨象され、反映はされない。病床報告は、病院機能の意向調査であり、重視されるのはレセプトのデータである。

 

 「在宅化」は経団連提言でも2004年と早くから挙げられ、厚労省も診療報酬による点数誘導をしてきたが、昨今、医療依存度の高い患者が、在宅へと追いやられている。起床、食事、清拭、着衣脱衣、排泄、移動、外出の「介護」も、病院や福祉施設と違い、在宅の場合、十分にその提供があってこそ、である。

 身体状況が深刻なほど身体介護、生活介護を多く必要とする。介護保険は必要量に応じて利用料の実額が嵩んでいく。家族介護が前提として組まれており、お金の切れ目が、介護の切れ目となる。

 しかも今回の「総合法案」は一部、利用者負担2割への引き上げや、要支援サービスの低質化など、利用制限を導入し、更に縁遠い制度へと仕向けている

 介護者の存在や介護への専念の有無、年金以外の収入、患者病室、持ち家、要介護者の行動能力、意思疎通の度合い、介護者と要介護者の意欲、医療依存度、寝たきり、拒食などの多くのファクターにより、在宅医療、在宅介護の「限界点」が存在する。誰もが、「地域」でとはならない。

 

 以上に見るよう、十分な医療・介護サービスが用意されず、顕在化しない、把握されない医療需要を抜きに絵図面が描かれ、利用料負担のハードルが高くなる。つまり、多くは、医療・介護から弾かれ、「野垂れ死に」となる。

 

 「地域包括ケアシステム」は砂上の楼閣の感が強い。医療・介護の有機的連携が、確実に保証されるがごとく喧伝されているが、そもそも、医療者・介護職の自発的・能動的な数々の実践を称しているにすぎず、「システム」として確立されたものもなければ、制度でもない。医療・介護のネットワーク作りをがんばれと、鼓舞しているだけである。現場への過度な期待、多大な「幻想」が抱かれ、医療・介護専門職の疲弊と、患者・国民の落胆と失望に帰さないことを切に望むものである。

 

 この「総合法案」では、これにとどまらない。医療・介護連携を支え、市町村が担う「生活支援サービス」を新たに位置付け、それを企業に委託、丸投げすることが盛られている。(1)配食、栄養指導、(2)家事(買い物)援助、(3)移送・外出支援、(4)運動指導等の「生活支援サービス」は、各々順に、 1)配食・外食産業、 2)家事代行サービス業、流通業、 3)旅行・移動支援サービス業、 4)フィットネス業が、対応する。各産業界でテレビCM、新聞広告で有名な企業の顔ぶれが簡単に想起できる。

 これらは、金融資産1,500兆円の6割を保有する高齢者がターゲット、マーケットであり、いわば「金の切れ目がサービスの切れ目」とばかりに、企業に毟り取られることになる。利用価格は企業主導、企業優位であり、お金のない独居の高齢者は利用できず、ゆえに「生活」が難しくなる。社会保障からハゲタカへ、である。

 これは「公的保険外サービスの拡大」として経産省サイドで検討されていた成長戦略である。いまは「グレーゾーンの解消」と称し、社会保障から市場へと切り離す「端境」を明示的にし、ビジネスチャンスを創出しており、飽くことがない。

 

 医療そのものも、保険外併用療養の拡大への思惑が尽きない。保険給付の圧縮圧力と適正配置政策の下で、医療機関経営の原資としての自費医療への誘導が透ける。それにも増して、拡大に伴い未確立な医療がはびこる。「総合法案」に盛られた医療事故調査制度は、紆余曲折を経た末のものだが、制度の目的が曖昧であり、未確立医療での事故に対応した受皿作りと、とれなくもない。

 議論が不十分な看護師の特定行為も、医療の質・責任・秩序の混乱を生じさせる懸念がある。

 

 医療法人改革、医療機関の非営利ホールディングカンパニー化に向けた、系列化、チェーン化、集約化も、診療方針、診療理念の一本化抜きには容易ではなく、その間隙を縫い、医療法人の理事・社員資格要件の緩和と結合した企業参入を産業界は虎視眈々と狙っており、「庇を貸して母屋を取られる」温床ともなりかねない。

 「総合法案」には、「医療を適切に受ける」努力義務が規定され、合理的な受診の医療施設間の交通整理を超え、受療権侵害、フリーアクセスの制限の、妥当性の論拠として作用する危険も孕み、ある意味、抜け目がない。

 総じて地域医療の変貌と医療・介護の営利産業への傾斜を濃くしている。

 

 医療、介護は疾病や老化、障害の必要に応じて提供されるべきものであり、医療・介護サービス量の「鋳型」にハメ込み、ここから漏れたものは自己責任となっては、「社会保障」の看板が廃る。

 この法案は、社会保障を根底から覆す「時限爆弾」となる懸念を非常に強く抱いている。

 

 拙速を改め、法案を一旦、廃案とし、喫緊の基金などは予算事業で対応し、医療関係者、介護関係者、国民の共有理解を拡げる「説明」と、方法論の探索に幅がもてる「仕掛け」を再検討することを強く求める。

2014年5月29日