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2016/5/10 政策部長談話 「『研究と治療との誤解』に乗じた患者申出療養の倫理違反をただす 診察料『差額』の導入にも反対する」

「研究と治療との誤解」に乗じた患者申出療養の倫理違反をただす

診察料「差額」の導入にも反対する

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 「研究と治療との誤解」に乗じた新たな混合診療、「患者申出療養」が4月より制度実施となった。また、既存の混合診療、「選定療養」での項目拡大も図られた。これらは倫理違反の合法化や技術料の差額徴収導入が色濃く、皆保険、保険診療とは相容れない。われわれは、この倒錯した事態の進展を改めて警鐘し反対する。

◆「研究」と「治療」は目的が違う 臨床研究と保険診療の混合診療で未承認薬使用を認める便法の不思議

 患者申出療養とは、患者の申し出により、臨床研究中核病院の相談・支援や審査を経由し、先進医療や未承認薬、治験薬、開発中の新規医療技術が、保険診療と一緒に受けられる仕組みである。

 これまで、先進医療の中で未承認の医薬品や医療機器を使った医療技術は、「臨床研究」の範疇で実施計画の策定により認めてきた。国の倫理指針の下、研究期間や対象患者と患者数の設定、データ管理、統計処理、被験者保護、倫理審査と厳格な運用により、「臨床研究」と「保険診療」の併用とし、「便法」として認められてきた。これが、患者申出療養では運用が大幅に緩和される。

 そもそも、治療と研究は根本的に異なる。患者の利益を優先する治療と違い、研究は対象者へ直接的な利益をもたらすことを目的としない。新たな知見の取得や技術・医薬品の検証・開発など「将来の患者」のためのものである。この混同が、規制緩和の下、認められてきた。

 患者申出療養は、設備・人員体制を欠く施設での先進医療の実施や治験対象外の患者への治験薬の使用、臨床研究計画対象外の患者への研究段階の医療技術の実施や未承認薬使用など、これまでのルールの大幅な逸脱を認めた制度である。医療界の一部には既にこの変化を歓迎した動きもあるが、とりわけ、「臨床研究計画を含まない実施計画」という詐術を弄し、適格基準外の患者(被験者)への個別実施を容認している点は言語道断である。

 臨床研究は、実施する際に同意の下で患者(被験者)を臨床研究計画に組み入れる、または実施中のものに組み入れる形となるが、科学的統計学的検証に耐えうるよう、一定数の患者の規模を予め想定に置く。1症例や数例での臨床研究計画とはならない。

 患者申出療養は、患者の申し出により、臨床研究が立ち上がるという不自然な建てつけであり、研究と治療の誤解、混同の最たるものである。しかも臨床研究計画の作成が不可能な場合に、それ抜きでの実施を認めるとし倫理指針違反を容認している。つまり、医療倫理から外れる、危ない医療を自己責任で行うものであり、医療者がそれに加担させられる制度となっている。

◆倫理指針強化の流れに逆行する「患者申出療養」 ヘルシンキ宣言に悖(もと)る

 臨床研究は、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(告示)に縛られる。これは被験者保護、インフォームド・コンセント、研究責任者の責務、研究計画、利益相反管理などを定めたものである。近年の研究の多様化、研究の不正事案を踏まえ、2014年に臨床研究と疫学研究の倫理指針を統合し今日の指針となっている。医療倫理の徹底が、底流にある。しかし、患者申出療養は、この倫理指針を無視することに合法性を与えたものである。医療倫理の在り方が鋭く問われる。 

 本邦の臨床研究の倫理指針は、国際的な研究倫理に関する規範「ヘルシンキ宣言」に基礎をおいている。そして、この研究倫理の誕生は、第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツが強制収容所の収容者に行った人体実験を裁くためにつくられた基本原則「ニュルンベルク・コード」に源流がある。医療倫理と平和は、根源的に通底しており、その意義に医療者は思いを馳せるべきである。

◆差額診察室は「空間」を隠れ蓑に、「時間」に潜在させる「技術料差額」が本質 

 これに重ねて、選定療養の拡大とし、(1) 「差額診察室」の創設と(2) 回数制限を超えた腫瘍マーカーの自費請求にPSA(前立腺がん)とCA19-9(膵臓がん)の項目追加が4月13日、中医協で了承された。

 差額診察室は、個室での透析や治療の際に特別料金(自費)を差額徴収するもの。一見すると、「療養環境」、プライバシーへ配慮した差額ベッドと同類と解されそうだが、実は違う。ポイントは「時間」と「医療技術」にある。入院患者の療養環境、「空間」とは違い、差額診察室は、診察や治療内容と結合した「技術料差額」となっている。これは、昔、歯科で認められていた差額徴収で、保険外材料の金合金と保険材料による金パラ冠との差、慣行料金と保険点数との差額料金だったものが、どんどん吊り上り、事実上、「モノ差額」が「技術料金の差額」を内在していったことを振り返れば自明である。「時間」料金が、事実上、診察や治療の技術料の差額を内在、潜在させる格好となる。

 回数制限を超えた腫瘍マーカーの項目拡大だが、これは厚労省が保険診療での回数制限のライン引きをしており、「医学的必要性」が基準とされるが、選定療養の「180日超の入院」や「6カ月超の維持期リハビリ」など、その「医学的妥当性」は疑問が多い。今回の項目拡大は、厚労省が保険と保険外のライン引きの裁量をもつことを考えれば、保険診療からの給付外しへの展開の危険を孕んでいる。糖尿病の患者へのがん検診(検査)を、相当の蓋然性がない限り、治療とは別とし、保険診療の対象ではなく、自費料金(実費徴収)とするよう通知で明示化をするとの新たな方針と重ね合わせれば意味深長である。

 われわれは、この倒錯した事態の進展が、保険診療を歪め、WHOが認める世界一の健康度を達成した皆保険制度を壊していくものと考える。日本再興戦略、成長戦略に位置づく、これらの策動は、日本「衰退謀略」である。われわれはこれを強く警鐘し、改めて撤回を求める。

2016年5月10日

「研究と治療との誤解」に乗じた患者申出療養の倫理違反をただす

診察料「差額」の導入にも反対する

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 「研究と治療との誤解」に乗じた新たな混合診療、「患者申出療養」が4月より制度実施となった。また、既存の混合診療、「選定療養」での項目拡大も図られた。これらは倫理違反の合法化や技術料の差額徴収導入が色濃く、皆保険、保険診療とは相容れない。われわれは、この倒錯した事態の進展を改めて警鐘し反対する。

◆「研究」と「治療」は目的が違う 臨床研究と保険診療の混合診療で未承認薬使用を認める便法の不思議

 患者申出療養とは、患者の申し出により、臨床研究中核病院の相談・支援や審査を経由し、先進医療や未承認薬、治験薬、開発中の新規医療技術が、保険診療と一緒に受けられる仕組みである。

 これまで、先進医療の中で未承認の医薬品や医療機器を使った医療技術は、「臨床研究」の範疇で実施計画の策定により認めてきた。国の倫理指針の下、研究期間や対象患者と患者数の設定、データ管理、統計処理、被験者保護、倫理審査と厳格な運用により、「臨床研究」と「保険診療」の併用とし、「便法」として認められてきた。これが、患者申出療養では運用が大幅に緩和される。

 そもそも、治療と研究は根本的に異なる。患者の利益を優先する治療と違い、研究は対象者へ直接的な利益をもたらすことを目的としない。新たな知見の取得や技術・医薬品の検証・開発など「将来の患者」のためのものである。この混同が、規制緩和の下、認められてきた。

 患者申出療養は、設備・人員体制を欠く施設での先進医療の実施や治験対象外の患者への治験薬の使用、臨床研究計画対象外の患者への研究段階の医療技術の実施や未承認薬使用など、これまでのルールの大幅な逸脱を認めた制度である。医療界の一部には既にこの変化を歓迎した動きもあるが、とりわけ、「臨床研究計画を含まない実施計画」という詐術を弄し、適格基準外の患者(被験者)への個別実施を容認している点は言語道断である。

 臨床研究は、実施する際に同意の下で患者(被験者)を臨床研究計画に組み入れる、または実施中のものに組み入れる形となるが、科学的統計学的検証に耐えうるよう、一定数の患者の規模を予め想定に置く。1症例や数例での臨床研究計画とはならない。

 患者申出療養は、患者の申し出により、臨床研究が立ち上がるという不自然な建てつけであり、研究と治療の誤解、混同の最たるものである。しかも臨床研究計画の作成が不可能な場合に、それ抜きでの実施を認めるとし倫理指針違反を容認している。つまり、医療倫理から外れる、危ない医療を自己責任で行うものであり、医療者がそれに加担させられる制度となっている。

◆倫理指針強化の流れに逆行する「患者申出療養」 ヘルシンキ宣言に悖(もと)る

 臨床研究は、「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(告示)に縛られる。これは被験者保護、インフォームド・コンセント、研究責任者の責務、研究計画、利益相反管理などを定めたものである。近年の研究の多様化、研究の不正事案を踏まえ、2014年に臨床研究と疫学研究の倫理指針を統合し今日の指針となっている。医療倫理の徹底が、底流にある。しかし、患者申出療養は、この倫理指針を無視することに合法性を与えたものである。医療倫理の在り方が鋭く問われる。 

 本邦の臨床研究の倫理指針は、国際的な研究倫理に関する規範「ヘルシンキ宣言」に基礎をおいている。そして、この研究倫理の誕生は、第二次世界大戦中に、ナチス・ドイツが強制収容所の収容者に行った人体実験を裁くためにつくられた基本原則「ニュルンベルク・コード」に源流がある。医療倫理と平和は、根源的に通底しており、その意義に医療者は思いを馳せるべきである。

◆差額診察室は「空間」を隠れ蓑に、「時間」に潜在させる「技術料差額」が本質 

 これに重ねて、選定療養の拡大とし、(1) 「差額診察室」の創設と(2) 回数制限を超えた腫瘍マーカーの自費請求にPSA(前立腺がん)とCA19-9(膵臓がん)の項目追加が4月13日、中医協で了承された。

 差額診察室は、個室での透析や治療の際に特別料金(自費)を差額徴収するもの。一見すると、「療養環境」、プライバシーへ配慮した差額ベッドと同類と解されそうだが、実は違う。ポイントは「時間」と「医療技術」にある。入院患者の療養環境、「空間」とは違い、差額診察室は、診察や治療内容と結合した「技術料差額」となっている。これは、昔、歯科で認められていた差額徴収で、保険外材料の金合金と保険材料による金パラ冠との差、慣行料金と保険点数との差額料金だったものが、どんどん吊り上り、事実上、「モノ差額」が「技術料金の差額」を内在していったことを振り返れば自明である。「時間」料金が、事実上、診察や治療の技術料の差額を内在、潜在させる格好となる。

 回数制限を超えた腫瘍マーカーの項目拡大だが、これは厚労省が保険診療での回数制限のライン引きをしており、「医学的必要性」が基準とされるが、選定療養の「180日超の入院」や「6カ月超の維持期リハビリ」など、その「医学的妥当性」は疑問が多い。今回の項目拡大は、厚労省が保険と保険外のライン引きの裁量をもつことを考えれば、保険診療からの給付外しへの展開の危険を孕んでいる。糖尿病の患者へのがん検診(検査)を、相当の蓋然性がない限り、治療とは別とし、保険診療の対象ではなく、自費料金(実費徴収)とするよう通知で明示化をするとの新たな方針と重ね合わせれば意味深長である。

 われわれは、この倒錯した事態の進展が、保険診療を歪め、WHOが認める世界一の健康度を達成した皆保険制度を壊していくものと考える。日本再興戦略、成長戦略に位置づく、これらの策動は、日本「衰退謀略」である。われわれはこれを強く警鐘し、改めて撤回を求める。

2016年5月10日