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2006/6/27 政策部長談話「医療の個別性無視、個人情報漏洩の危険性はらむレセプトオンライン化は慎重に」

医療の個別性無視、個人情報漏洩の危険性はらむ

レセプトオンライン化は慎重に

神奈川県保険医協会

政策部長  森 壽生


 6月14日に成立した医療制度改革関連法は21項目の附帯決議がつけられ、「レセプトのオンライン化については目標年次までの完全実施を確実なものとするよう努めるとともに、それと併せて個別の医療内容・単価の分かる領収証の発行の普及に努めること」と盛り込まれた。

 レセプトオンライン化は既に今年4月10日の省令改定で決定されており、病院、診療所、歯科診療所と段階的に義務化され2011年3月31日までに完全実施の運びである。決議は、これを後押しするものとなっている。

 われわれはこのレセプトオンライン化が、患者にとって福音かのごとき論調に対し、その問題点を指摘するとともに異を唱えるものである。

 そもそも、このレセプトオンライン化は政府のIT戦略本部の今年度の最優先課題として位置づけられたものであり、その方針のもと決定されたのである。この本部は専門部会などソニー、日立、富士ゼロックスなどIT企業が委員に名を連ねる。オンライン請求は現段階で7医療機関(神奈川2、東京5)の試行にすぎず、全国で9千病院、9万6千診療所、6万5千歯科診療所に対し、パソコンとソフトの巨大市場を形成することを念頭においた話である。

 現在、医療機関による保険者への医療費の請求は、紙レセプトでの提出が8割をしめる。レセプトオンライン化の前段階、レセプト情報の磁気媒体による提出は医科で14%であり、審査・支払機関の「レセプト電算処理システム」に参加することが条件であり、歯科は稼動すらしていない。レセプト作成でパソコン使用をしている医療機関は7割あるが、電算システムには対応をしていない。これに対し、この春、レセプトオンライン化に向けた対応として、厚労省は電算システムに参加できるように、変換ソフト「レセスタ」を提供しだしたが、日立、NTTデータなど7社独占であり、中小零細企業のパソコンは事実上、締め出されることになる。

 このレセプトオンライン化は、審査・支払事務の効率化、保健指導への活用、中長期的な医療費抑制効果、疫学調査への活用が期待され、導入理由とされているが果たしてそうなのだろうか。

 そもそもレセプトとは、医療機関が患者を治療した対価を医療保険者に請求する際に、請求書に添付する患者個別の明細である。またこの対価が診療報酬である。この請求内容の審査は専門性が高いため、保険者みずからは行なえず、専門家である医師の手に委ねざるをえない。ゆえに、保険者が共同して審査・支払機関である診療報酬支払基金や国保連合会(以下、「基金」と略)に委託しているのである。しかも、公正性を担保するため審査委員の医師も診療側・保険者側・公益(学識)の三者構成としているのである。実際の審査は、基金の職員による全レセプトの事務点検と疑義付箋貼付の審査準備の後、医師の審査委員による内容審査が実施されるが、A(重点)、B(準重点)、C(その他)に医療機関とレセプトを区分して行なっている。Aランクは過去の実績から医学的良識を逸脱しているものや、新たに保険指定を受けた医療機関のほか、個々のレセプトで8疾病以上や、著しく高い点数のものなどが専任の審査委員により入念に審査される。Bランクは過去の実績から留意するもの、Cランクは格別問題がないものと、各々基準を設けて、効率的に実施されている。しかも、個々の医師の判断のつかないものは全審査委員出席の合同審査で協議されるほか、重点審査の結果報告がこの席で報告され、全審査委員に審査基準が徹底される仕組みとなっている。

 レセプトの内容審査は、医師による審査が必要不可欠である。これはオンライン請求となっても不変である。オンライン請求により審査の効率化が図られるためには、医師による内容審査の省略ないしは簡素化がなければなし得ない。つまりは、疾患別に医療費を標準包括化した支払い方式DRG/PPS(疾患群別包括支払い制度)を導入しなければ無理なことは明らかである。これが実現して初めて、後の理由である、支払いの効率化や医療費の抑制が期待できるのである。事実、総務省は今年4月、オンライン請求の先進国、韓国の実態調査報告を発表した。韓国は医療費抑制のためDRG/PPSを全国導入をしており、医師による内容審査も人員が日本の2割にも満たないのである。付言すれば、韓国の医療保険は歴史が浅く、皆保険になったのは1989年とつい最近であり、当初から患者負担3割で混合診療を前提としたものである。健保本人10割給付だった日本とは医療保険の成熟度が決定的に違い、韓国は皆保険発足直後から保険財政難となり、現在の形となっているのである。

 日本の介護保険は、オンライン請求を73%の事業所が行なっているが、内容審査は全くないシステムであり、機械的に事務点検をしているにすぎない。これが可能となっているのは、対価である介護報酬の決定に際し、介護施設のケアサービスをストップウォッチを使ってタイムスタディし、複雑な樹系図を用いて大雑把に価格づけをしたからである。一方、医療は不十分ながらも、薬、材料、フィルムなどのモノと医療技術を各々評価し専門家の意見・検討を交え価格付けをしている。制度の成熟ゆえに医学・医療技術の進歩を反映したきめ細かな価格づけとなっている。よって、介護報酬は千項目足らずなのに対し、医療の診療報酬は医療行為の細分化が8千項目以上にのぼるのである。このことは、体質、体格、遺伝的要因、地域差など疾病治療における患者の個別性に、より医療が対応できることを意味している。更に医師による内容審査で個別性が担保されているのである。

 DRGに類似した、病院別1日単位の包括点数DPCが日本でも導入されているが、内容審査はほとんどなく、今年度全国360病院に対象が拡大したが、ゆくゆくは医療費データを精緻化してDRG導入をしたい旨、担当官僚が率直に発言している。病院にDRGを導入した米国は、粗診粗療や、病院医療費は減ったものの逆に外来医療費にシフトするなど弊害が既に明らかになっている。今年10月から混合診療の本格的法制化、保険外併用療養費が創設される。医療保険の限定化プラス自費の仕組みは、包括化への追い風となり、10月から保険と保険外を区分する領収証の発行が完全義務化となり、環境整備もなされる。

 以上、みるようにオンライン請求は、患者の治療、個別性の尊重とは相容れず、医療保険の給付抑制のみを主眼としたツールでしかない。しかも、オンライン化できない医療機関には診療報酬の支払い遅延というペナルティーを課すことを決めており、債務の不当履行であり看過できない。韓国では、オンライン請求の特典として医療機関への支払い期日の短縮や、無審査などのインセンティブを導入しているが、これこそ、不正請求の温床を作りかねない。

 オンライン請求の介護保険は、高い倫理性と献身性に支えられた医療機関とは違い、企業事業所が多いとはいえ、不正請求が非常に多いのは周知である。オンライン請求でいう審査の効率化とは、表層的な素人論議でしかなく、IT関連企業の巨大マーケット形成の思惑が渦巻いているだけである。しかも、保健指導への活用とは、保健事業のデータを今後、保険者が握るようになるためレセプトデータとのドッキングにより、医療費の高い患者に保健指導への恭順を迫り、成績が悪い場合に給付や保険料へのペナルティーを課すことなどが容易に想起される。また医療費データの疫学調査への活用は学問的に可能なのか疑問が多いに残る。

 これら以上に、レセプトデータの電子媒体での提出と違い、オンライン請求となった場合には、患者情報のセキュリティーの問題が確実に発生する。安全の担保は何もないのであり、ここへの方策は何もないのである。問題が起きた場合にどう責任がとれるのだろう。このオンライン請求は80年代にレインボーシステムとして浮上しており、当時から管理・運営権が問題とされた。現段階のこれは、保険者が一手に権限を握る。医療費削減の方針の下、ガン難民、医療難民、産科・小児科消失と、ただただ不幸が量産されていくテコになるだけである。

 今一度、オンライン請求「義務化」を考え直すべきだと強く訴える。

2006年6月27日

 

医療の個別性無視、個人情報漏洩の危険性はらむ

レセプトオンライン化は慎重に

神奈川県保険医協会

政策部長  森 壽生


 6月14日に成立した医療制度改革関連法は21項目の附帯決議がつけられ、「レセプトのオンライン化については目標年次までの完全実施を確実なものとするよう努めるとともに、それと併せて個別の医療内容・単価の分かる領収証の発行の普及に努めること」と盛り込まれた。

 レセプトオンライン化は既に今年4月10日の省令改定で決定されており、病院、診療所、歯科診療所と段階的に義務化され2011年3月31日までに完全実施の運びである。決議は、これを後押しするものとなっている。

 われわれはこのレセプトオンライン化が、患者にとって福音かのごとき論調に対し、その問題点を指摘するとともに異を唱えるものである。

 そもそも、このレセプトオンライン化は政府のIT戦略本部の今年度の最優先課題として位置づけられたものであり、その方針のもと決定されたのである。この本部は専門部会などソニー、日立、富士ゼロックスなどIT企業が委員に名を連ねる。オンライン請求は現段階で7医療機関(神奈川2、東京5)の試行にすぎず、全国で9千病院、9万6千診療所、6万5千歯科診療所に対し、パソコンとソフトの巨大市場を形成することを念頭においた話である。

 現在、医療機関による保険者への医療費の請求は、紙レセプトでの提出が8割をしめる。レセプトオンライン化の前段階、レセプト情報の磁気媒体による提出は医科で14%であり、審査・支払機関の「レセプト電算処理システム」に参加することが条件であり、歯科は稼動すらしていない。レセプト作成でパソコン使用をしている医療機関は7割あるが、電算システムには対応をしていない。これに対し、この春、レセプトオンライン化に向けた対応として、厚労省は電算システムに参加できるように、変換ソフト「レセスタ」を提供しだしたが、日立、NTTデータなど7社独占であり、中小零細企業のパソコンは事実上、締め出されることになる。

 このレセプトオンライン化は、審査・支払事務の効率化、保健指導への活用、中長期的な医療費抑制効果、疫学調査への活用が期待され、導入理由とされているが果たしてそうなのだろうか。

 そもそもレセプトとは、医療機関が患者を治療した対価を医療保険者に請求する際に、請求書に添付する患者個別の明細である。またこの対価が診療報酬である。この請求内容の審査は専門性が高いため、保険者みずからは行なえず、専門家である医師の手に委ねざるをえない。ゆえに、保険者が共同して審査・支払機関である診療報酬支払基金や国保連合会(以下、「基金」と略)に委託しているのである。しかも、公正性を担保するため審査委員の医師も診療側・保険者側・公益(学識)の三者構成としているのである。実際の審査は、基金の職員による全レセプトの事務点検と疑義付箋貼付の審査準備の後、医師の審査委員による内容審査が実施されるが、A(重点)、B(準重点)、C(その他)に医療機関とレセプトを区分して行なっている。Aランクは過去の実績から医学的良識を逸脱しているものや、新たに保険指定を受けた医療機関のほか、個々のレセプトで8疾病以上や、著しく高い点数のものなどが専任の審査委員により入念に審査される。Bランクは過去の実績から留意するもの、Cランクは格別問題がないものと、各々基準を設けて、効率的に実施されている。しかも、個々の医師の判断のつかないものは全審査委員出席の合同審査で協議されるほか、重点審査の結果報告がこの席で報告され、全審査委員に審査基準が徹底される仕組みとなっている。

 レセプトの内容審査は、医師による審査が必要不可欠である。これはオンライン請求となっても不変である。オンライン請求により審査の効率化が図られるためには、医師による内容審査の省略ないしは簡素化がなければなし得ない。つまりは、疾患別に医療費を標準包括化した支払い方式DRG/PPS(疾患群別包括支払い制度)を導入しなければ無理なことは明らかである。これが実現して初めて、後の理由である、支払いの効率化や医療費の抑制が期待できるのである。事実、総務省は今年4月、オンライン請求の先進国、韓国の実態調査報告を発表した。韓国は医療費抑制のためDRG/PPSを全国導入をしており、医師による内容審査も人員が日本の2割にも満たないのである。付言すれば、韓国の医療保険は歴史が浅く、皆保険になったのは1989年とつい最近であり、当初から患者負担3割で混合診療を前提としたものである。健保本人10割給付だった日本とは医療保険の成熟度が決定的に違い、韓国は皆保険発足直後から保険財政難となり、現在の形となっているのである。

 日本の介護保険は、オンライン請求を73%の事業所が行なっているが、内容審査は全くないシステムであり、機械的に事務点検をしているにすぎない。これが可能となっているのは、対価である介護報酬の決定に際し、介護施設のケアサービスをストップウォッチを使ってタイムスタディし、複雑な樹系図を用いて大雑把に価格づけをしたからである。一方、医療は不十分ながらも、薬、材料、フィルムなどのモノと医療技術を各々評価し専門家の意見・検討を交え価格付けをしている。制度の成熟ゆえに医学・医療技術の進歩を反映したきめ細かな価格づけとなっている。よって、介護報酬は千項目足らずなのに対し、医療の診療報酬は医療行為の細分化が8千項目以上にのぼるのである。このことは、体質、体格、遺伝的要因、地域差など疾病治療における患者の個別性に、より医療が対応できることを意味している。更に医師による内容審査で個別性が担保されているのである。

 DRGに類似した、病院別1日単位の包括点数DPCが日本でも導入されているが、内容審査はほとんどなく、今年度全国360病院に対象が拡大したが、ゆくゆくは医療費データを精緻化してDRG導入をしたい旨、担当官僚が率直に発言している。病院にDRGを導入した米国は、粗診粗療や、病院医療費は減ったものの逆に外来医療費にシフトするなど弊害が既に明らかになっている。今年10月から混合診療の本格的法制化、保険外併用療養費が創設される。医療保険の限定化プラス自費の仕組みは、包括化への追い風となり、10月から保険と保険外を区分する領収証の発行が完全義務化となり、環境整備もなされる。

 以上、みるようにオンライン請求は、患者の治療、個別性の尊重とは相容れず、医療保険の給付抑制のみを主眼としたツールでしかない。しかも、オンライン化できない医療機関には診療報酬の支払い遅延というペナルティーを課すことを決めており、債務の不当履行であり看過できない。韓国では、オンライン請求の特典として医療機関への支払い期日の短縮や、無審査などのインセンティブを導入しているが、これこそ、不正請求の温床を作りかねない。

 オンライン請求の介護保険は、高い倫理性と献身性に支えられた医療機関とは違い、企業事業所が多いとはいえ、不正請求が非常に多いのは周知である。オンライン請求でいう審査の効率化とは、表層的な素人論議でしかなく、IT関連企業の巨大マーケット形成の思惑が渦巻いているだけである。しかも、保健指導への活用とは、保健事業のデータを今後、保険者が握るようになるためレセプトデータとのドッキングにより、医療費の高い患者に保健指導への恭順を迫り、成績が悪い場合に給付や保険料へのペナルティーを課すことなどが容易に想起される。また医療費データの疫学調査への活用は学問的に可能なのか疑問が多いに残る。

 これら以上に、レセプトデータの電子媒体での提出と違い、オンライン請求となった場合には、患者情報のセキュリティーの問題が確実に発生する。安全の担保は何もないのであり、ここへの方策は何もないのである。問題が起きた場合にどう責任がとれるのだろう。このオンライン請求は80年代にレインボーシステムとして浮上しており、当時から管理・運営権が問題とされた。現段階のこれは、保険者が一手に権限を握る。医療費削減の方針の下、ガン難民、医療難民、産科・小児科消失と、ただただ不幸が量産されていくテコになるだけである。

 今一度、オンライン請求「義務化」を考え直すべきだと強く訴える。

2006年6月27日