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2006/6/8 理事長談話「やせの糖尿病、高血圧を見逃すメタボ診断基準は危険」

やせの糖尿病、高血圧を見逃すメタボ診断基準は危険

生活習慣病を企業に丸投げする健診再編の撤回を強く求める

神奈川県保険医協会

理事長  平尾 紘一


 審議中の医療「改革」法案では、生活習慣病対策が柱とされている。とりわけ、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策の重視が掲げられ、健診・保健指導が全面的に組み換えとなる。

 これまで、市町村が実施していた基本健診が廃止され、これらはかわって医療保険の各保険者による実施が義務付けられ、40歳?74歳までを対象とした新たな名称の「特定健診」、「特定保健指導」となる。これに伴い、健診項目も内臓脂肪症候群に特化され、簡易・スリム化される。

 具体的には本来CTスキャンで診断する内臓脂肪を腹囲の計測で代替し、基準値を超えた対象者に血圧、血糖、脂質、LDLコレステロール、尿酸を検査することとなる。従来あった循環器、中性脂肪、肝機能、腎機能、眼底、心電図、糖尿病(HbA1c)の検査項目は除外され、川崎市などが市独自に上乗せしていた胸部X線などは失くなり大幅な後退となる。保健指導も簡易な問診に4段階化し対象を限定するとしている。

 しかし、この内臓脂肪症候群の診断基準(腹囲が男性で8cm以上、女性は9cm以上等)は今年4月14日の日本内科学会総会で異論が続出。国会でも米国糖尿病協会、欧州糖尿病研究協会が昨年9月に共同声明を出し、「批判的に吟味すべき、科学的エビデンスがない」と指摘されていると、追及がなされている。

 しかも腹囲を簡易指標とするため、いわゆる痩せ型の内臓脂肪肥満は健診対象から外れることになる。つまり、痩せ型の糖尿病や高血圧症の早期発見・予防がなされないこととなり、これらは医学的に極めて治療が困難な症例であるため、生活習慣病対策とは裏腹の深刻な事態を招来することとなる。

 その上で、この健診・保健指導の全面組み換えには以下にみるように多くの問題を孕んでいる。

 再編される健診・保健指導は、財源を医療保険者が保険料から捻出する。そのため、組合健保、政管健保は保険料上限を91/1000から100/1000に引き上げるほか、被扶養者分について一部公費助成の方針が厚労省から5月11日に示された。また国保には財源補填として国庫補助が法で規定されている。

 しかし、財政事情の厳しい医療保険者にとって健診の医療機関委託手数料や、保健指導のための保健師、管理栄養士の確保は難しいため、それを見越してこの特定健診、特定保健指導は企業に外部委託(アウトソーシング)できることになっている。3月14日、経団連はこの外部委託の評価基準の設定や財政支援措置を厚労省に要望。フィットネスクラブに計測機器を設置、保健師を配置し、この特定健診、特定保健指導を実施でききるよう提案し、医療機関での健診は結果的に医療費に跳ね返ると説明までしている。

 生活習慣病対策での財界要望は初めてであり異例である。この中心は経団連のヘルスケア産業部会であり、オムロンヘルスケア社長を筆頭に、味の素、花王、コナミスポーツ(フィットネスクラブ運営)、ルネサンス(同)、日立、三菱電機、武田薬品工業が名を連ねる。しかも、経済産業省が健康サービス産業創出支援モデル事業として国費で育成を支援、課長自らが会合に参加し有望なサービスしての成長へ期待を述べている。

 オムロンヘルスケアは既に、損保ジャパン、NTTデータと合弁会社を昨年10月に作り、今回の再編のキーワード、"行動変容"のプログラム(生活習慣改善の処方箋)を提供しているほか、医師の介在を不要とするため採血せずに血糖値を測定する技術開発に取り組んでいる。まさに健診の「官から民へ」である。

 米国では医療費適正化を目的に、生活習慣病患者の指導管理、重症化予防をパソコンモニターで行うデジーズ・マネージメント専門の会社があり、健診・指導の再編はこれを念頭においたものである。

 厚労省も主導的に動いており、今年1月27日、損保ジャパン主催のシンポジウム「これからの生活習慣病対策のあり方を探る」に担当の中島誠参事官がパネリストとして出席。ディジーズマネージメントの紹介と導入についての議論で、企業委託による市場拡大、ビジネスチャンスが到来と再三強調している。 

 折りしも内臓脂肪症候群2,000万人の厚労省発表(5/8)に関し、健康食品、健康機器、フィットネス産業は「業界発展のチャンスに」(06.5.15『ヘルスライフビジネス』)と捕らえており、業界紙に登場した中野課長補佐は保健師、管理栄養士の確保のためアウトソーシングの積極的活用を提唱。呼応する形で東京日動火災保険グループは契約先の疾病予防指導へ保健師を100人に増強、健康・体力づくり事業団は内臓脂肪症候群への保健指導を運動指導士が担えるよう提言など、周辺事情は賑やかになっている。

 混合診療の本格的法制化、新設の保険外併用療養費は予防分野にも適用との情報もあり、保険財源で予防・公衆衛生を代替させる厚労省の姿勢に、厚労省幹部OBからも異論がだされる始末である。

 しかも、これだけにとどまらない。今回の再編により、医療保険者が加入者の健診データを一括管理することになるが、2013年レセプトオンライン請求の完全実施により、医療費データ(レセプトデータ)と健診データの両方をもつこととになる。レセプトデータの分析による健診・指導の効率化を保険局長はじめ官僚は説いており、この分析を行うのが全都道府県に設置された保険者協議会である。既に銀行系シンクタンク富士総合研究所(現:みずほ情報総合研究所)がいくつかの県で作業を受託している。また、この協議会は、県、市町村、医療保険者の連合体であり、医療保険の都道府県単位化の司令塔となる。県が策定の医療費適正化計画や、生活習慣病25%削減とも密接に関係する。

 レセプトオンライン化に向け、厚労省は変換ソフト「レセスタ」を提供しだしたが、日立、NTTデータなど7社独占であり、医療費の一元管理を可能とし、完全実施の韓国同様、DRGの全国導入が課題となる。
レセプトIT化は国のIT戦略会議の筆頭課題と位置づけられ、医療分野がITの巨大市場である。

 以上のように、審議中の健診・指導の再編は産業界の思惑が露骨に入った一大絵巻の様相を呈している。

 この原型は、02年12月の生活産業創出研究会(座長:島田内閣府特命顧問)の報告書にある。公的医療保険の限界を指摘し、保健事業や民間医療保険を活用した新たな医療市場の形成を提起。「健康日本21」運動に連動した民間事業者による健康づくり、サプリメントの専門家の育成、代替医療の検証、予防治療のコンサルティングなどを提案。保険者が民間企業に外部依託で提供すれば、市場規模4兆円で65万人の雇用効果との試算を発表。あわせて混合診療解禁を迫っていた。

 今国会の審議では、「改革」の前提の医療費推計が過大で作為的であること、「改革」が介護難民を多数生み、「出産難民」や「医療難民」の解決策、医師不足と過重労働の悪循環への有効打もないことが与野党から問われ、メタボリックシンドロームの欺瞞性なども明るみに出て、問題点が噴出したままである。

しかも、今次診療報酬のマイナス改定で医療給付費を1兆円削減したにも関わらず、最優先法案と位置づけ、政府官邸・厚労省は成立に異常なまでに躍起となっている。その理由は、健診・指導に群がる巨大ビジネス創造に向けた、経済財政諮問会議の長期戦略上の話だからである。

 社保庁の組織的な年金収納率操作にみるように、「官から民へ」と損保ジャパンからトップを迎えた顛末はもはや誰の目からも明らかである。

 今次診療報酬改定では、生活習慣病管理料が引き下げられ、医薬品投与のため処方箋を切ると更に点数が下げられることとなった。いままた、医薬品の自由価格制の布石、参照価格制が製薬メーカーサイドから要望されるなど、医療現場、医療保険から医薬品を取上げる企図も見え隠れする。

 疾病の合併症予防や、健康管理システム、健診率向上など、生活習慣病対策は数多くの医療実践が蓄積されており、この法案審議にあたり、当会は自民、民主、公明、共産、社民の各党の枢要議員諸氏と懇談を重ね、理解を得てきた。厚労省は厚生科学研究の成果を無駄にせず、即刻、活かすべきである。

 われわれは医療の現場と国民生活を"ぶち壊す"、医療「改革」法案の廃案を強く求めるものである。

2006年6月8日

 

やせの糖尿病、高血圧を見逃すメタボ診断基準は危険

生活習慣病を企業に丸投げする健診再編の撤回を強く求める

神奈川県保険医協会

理事長  平尾 紘一


 審議中の医療「改革」法案では、生活習慣病対策が柱とされている。とりわけ、メタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策の重視が掲げられ、健診・保健指導が全面的に組み換えとなる。

 これまで、市町村が実施していた基本健診が廃止され、これらはかわって医療保険の各保険者による実施が義務付けられ、40歳?74歳までを対象とした新たな名称の「特定健診」、「特定保健指導」となる。これに伴い、健診項目も内臓脂肪症候群に特化され、簡易・スリム化される。

 具体的には本来CTスキャンで診断する内臓脂肪を腹囲の計測で代替し、基準値を超えた対象者に血圧、血糖、脂質、LDLコレステロール、尿酸を検査することとなる。従来あった循環器、中性脂肪、肝機能、腎機能、眼底、心電図、糖尿病(HbA1c)の検査項目は除外され、川崎市などが市独自に上乗せしていた胸部X線などは失くなり大幅な後退となる。保健指導も簡易な問診に4段階化し対象を限定するとしている。

 しかし、この内臓脂肪症候群の診断基準(腹囲が男性で8cm以上、女性は9cm以上等)は今年4月14日の日本内科学会総会で異論が続出。国会でも米国糖尿病協会、欧州糖尿病研究協会が昨年9月に共同声明を出し、「批判的に吟味すべき、科学的エビデンスがない」と指摘されていると、追及がなされている。

 しかも腹囲を簡易指標とするため、いわゆる痩せ型の内臓脂肪肥満は健診対象から外れることになる。つまり、痩せ型の糖尿病や高血圧症の早期発見・予防がなされないこととなり、これらは医学的に極めて治療が困難な症例であるため、生活習慣病対策とは裏腹の深刻な事態を招来することとなる。

 その上で、この健診・保健指導の全面組み換えには以下にみるように多くの問題を孕んでいる。

 再編される健診・保健指導は、財源を医療保険者が保険料から捻出する。そのため、組合健保、政管健保は保険料上限を91/1000から100/1000に引き上げるほか、被扶養者分について一部公費助成の方針が厚労省から5月11日に示された。また国保には財源補填として国庫補助が法で規定されている。

 しかし、財政事情の厳しい医療保険者にとって健診の医療機関委託手数料や、保健指導のための保健師、管理栄養士の確保は難しいため、それを見越してこの特定健診、特定保健指導は企業に外部委託(アウトソーシング)できることになっている。3月14日、経団連はこの外部委託の評価基準の設定や財政支援措置を厚労省に要望。フィットネスクラブに計測機器を設置、保健師を配置し、この特定健診、特定保健指導を実施でききるよう提案し、医療機関での健診は結果的に医療費に跳ね返ると説明までしている。

 生活習慣病対策での財界要望は初めてであり異例である。この中心は経団連のヘルスケア産業部会であり、オムロンヘルスケア社長を筆頭に、味の素、花王、コナミスポーツ(フィットネスクラブ運営)、ルネサンス(同)、日立、三菱電機、武田薬品工業が名を連ねる。しかも、経済産業省が健康サービス産業創出支援モデル事業として国費で育成を支援、課長自らが会合に参加し有望なサービスしての成長へ期待を述べている。

 オムロンヘルスケアは既に、損保ジャパン、NTTデータと合弁会社を昨年10月に作り、今回の再編のキーワード、"行動変容"のプログラム(生活習慣改善の処方箋)を提供しているほか、医師の介在を不要とするため採血せずに血糖値を測定する技術開発に取り組んでいる。まさに健診の「官から民へ」である。

 米国では医療費適正化を目的に、生活習慣病患者の指導管理、重症化予防をパソコンモニターで行うデジーズ・マネージメント専門の会社があり、健診・指導の再編はこれを念頭においたものである。

 厚労省も主導的に動いており、今年1月27日、損保ジャパン主催のシンポジウム「これからの生活習慣病対策のあり方を探る」に担当の中島誠参事官がパネリストとして出席。ディジーズマネージメントの紹介と導入についての議論で、企業委託による市場拡大、ビジネスチャンスが到来と再三強調している。 

 折りしも内臓脂肪症候群2,000万人の厚労省発表(5/8)に関し、健康食品、健康機器、フィットネス産業は「業界発展のチャンスに」(06.5.15『ヘルスライフビジネス』)と捕らえており、業界紙に登場した中野課長補佐は保健師、管理栄養士の確保のためアウトソーシングの積極的活用を提唱。呼応する形で東京日動火災保険グループは契約先の疾病予防指導へ保健師を100人に増強、健康・体力づくり事業団は内臓脂肪症候群への保健指導を運動指導士が担えるよう提言など、周辺事情は賑やかになっている。

 混合診療の本格的法制化、新設の保険外併用療養費は予防分野にも適用との情報もあり、保険財源で予防・公衆衛生を代替させる厚労省の姿勢に、厚労省幹部OBからも異論がだされる始末である。

 しかも、これだけにとどまらない。今回の再編により、医療保険者が加入者の健診データを一括管理することになるが、2013年レセプトオンライン請求の完全実施により、医療費データ(レセプトデータ)と健診データの両方をもつこととになる。レセプトデータの分析による健診・指導の効率化を保険局長はじめ官僚は説いており、この分析を行うのが全都道府県に設置された保険者協議会である。既に銀行系シンクタンク富士総合研究所(現:みずほ情報総合研究所)がいくつかの県で作業を受託している。また、この協議会は、県、市町村、医療保険者の連合体であり、医療保険の都道府県単位化の司令塔となる。県が策定の医療費適正化計画や、生活習慣病25%削減とも密接に関係する。

 レセプトオンライン化に向け、厚労省は変換ソフト「レセスタ」を提供しだしたが、日立、NTTデータなど7社独占であり、医療費の一元管理を可能とし、完全実施の韓国同様、DRGの全国導入が課題となる。
レセプトIT化は国のIT戦略会議の筆頭課題と位置づけられ、医療分野がITの巨大市場である。

 以上のように、審議中の健診・指導の再編は産業界の思惑が露骨に入った一大絵巻の様相を呈している。

 この原型は、02年12月の生活産業創出研究会(座長:島田内閣府特命顧問)の報告書にある。公的医療保険の限界を指摘し、保健事業や民間医療保険を活用した新たな医療市場の形成を提起。「健康日本21」運動に連動した民間事業者による健康づくり、サプリメントの専門家の育成、代替医療の検証、予防治療のコンサルティングなどを提案。保険者が民間企業に外部依託で提供すれば、市場規模4兆円で65万人の雇用効果との試算を発表。あわせて混合診療解禁を迫っていた。

 今国会の審議では、「改革」の前提の医療費推計が過大で作為的であること、「改革」が介護難民を多数生み、「出産難民」や「医療難民」の解決策、医師不足と過重労働の悪循環への有効打もないことが与野党から問われ、メタボリックシンドロームの欺瞞性なども明るみに出て、問題点が噴出したままである。

しかも、今次診療報酬のマイナス改定で医療給付費を1兆円削減したにも関わらず、最優先法案と位置づけ、政府官邸・厚労省は成立に異常なまでに躍起となっている。その理由は、健診・指導に群がる巨大ビジネス創造に向けた、経済財政諮問会議の長期戦略上の話だからである。

 社保庁の組織的な年金収納率操作にみるように、「官から民へ」と損保ジャパンからトップを迎えた顛末はもはや誰の目からも明らかである。

 今次診療報酬改定では、生活習慣病管理料が引き下げられ、医薬品投与のため処方箋を切ると更に点数が下げられることとなった。いままた、医薬品の自由価格制の布石、参照価格制が製薬メーカーサイドから要望されるなど、医療現場、医療保険から医薬品を取上げる企図も見え隠れする。

 疾病の合併症予防や、健康管理システム、健診率向上など、生活習慣病対策は数多くの医療実践が蓄積されており、この法案審議にあたり、当会は自民、民主、公明、共産、社民の各党の枢要議員諸氏と懇談を重ね、理解を得てきた。厚労省は厚生科学研究の成果を無駄にせず、即刻、活かすべきである。

 われわれは医療の現場と国民生活を"ぶち壊す"、医療「改革」法案の廃案を強く求めるものである。

2006年6月8日