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2010/7/15 政策部長談話「医療と制度に理解を欠いた「医療産業研究会」報告書 メタボ健診の巻き返し狙った市場形成の皮算用を問う」

医療と制度に理解を欠いた「医療産業研究会」報告書

メタボ健診の巻き返し狙った市場形成の皮算用を問う

神奈川県保険医協会

政策部長 桑島 政臣    


 6月30日、経産省の医療産業研究会が「国民健康保険制度の維持・改善に向けて」と題する報告書を公表した。この研究会は委員に日立、キャノン、JTB、東芝メディカルシステム、テルモなど企業トップが名を連ねており、報告書では医療の需要と供給のギャップ解消を図るため医療の産業化を進め、(1)疾病管理、介護予防、リハビリ、慢性期の生活支援などの「医療生活産業」の振興、(2)外国人患者の受け入れを通じた医療の国際化、(3)医療情報のネットワーク構築・標準化と医工連携―の3点を挙げ、公的保険外の市場創出を提言した。

 この報告書は医療そのものや、医療制度に対する基本的理解を欠き、事実誤認を前提に論旨が展開されており問題が多い。皆保険に逆行し、百害あって一利なしである。われわれはこの一連の策動を撤回すべきと考える。

 この報告書の源流は小泉構造改革時代に経済財政諮問会議の下に置かれた「生活産業創出研究会」が2002年12月26日に公表した報告書である。ここにはメタボ健診・保健指導による民間企業の市場形成や、いま話題の医療ツーリズム、MY病院構想(日本版PHR=personal health record)など別な表現で既に登場している。今報告書は、概ねこの焼きなおしであり、より具体的に記述をしたものである。

 この報告書は、高齢化の下、医療サービスの範囲・価格が計画供給のため需給ギャップが発生しているとし、その解決を保険外の充実に求めている。しかし需給ギャップの最たるものは「受診できないこと」であり、厚生労働省の患者調査(平成20年度)や国立社会保障・人口問題研究所の社会保障・人口問題基本調査(2007年)で明確になっている。前者では3年前に比べ1日あたり外来患者が22万人、入院患者は7万人と大きく減少、また後者では過去1年間に病気でありながら受診できなかった世帯が全世帯の2%(105万世帯252万人に相当)あり、その理由は「医療保険に未加入」14.2%、「「自己負担割合が高い」等の経済的な理由」38.4%と示されている。

 低医療費政策と医学部定員削減、拙速な臨床研修義務化により、医師不足が露呈し、救急、産科、小児科の医療機関や病院が生活圏からなくなる、「医療崩壊」が問題となっていることは周知である。これらの事実、基本認識を報告書は欠いている。

 また報告書は選定療養が患者ニーズに十分応えていない、公定の診療報酬はサービス内容に創意工夫の余地がなくメニューにQOL維持の視点がないとし、疾病管理、リハビリ、慢性期の生活支援を公的保険の「枠外」のサービスとして産業化し、サービスの標準化、品質保証、第三者評価、消費者評価、標準約款を設け自由な価格でビジネス化することを提案。保険と保険外との明確な線引き、潜在看護師・女性医師の活用、病院と自宅の中間に位置する「准病院」機能の創出も合わせて提言している。

 これは、保険給付の範囲を見直し、生活習慣病の指導やリハビリ、介護予防等を給付外とすることを前提とし、サービス提供事業体の周辺に「箔付け」のため関連事業体を形成し、患者・住民の信頼をえて「病院まがい」の機関を創設し、将来的に病院との境界域を曖昧にすることさえ内包している。 

 これにより医療保険は内実が劣化し、公的給付から外れた医療・介護は階層消費化されていく。そもそも論われている診療報酬とは、医療機関の医療提供の対価表であり、現実、医療内容は各医療機関で患者個々に応じ創意工夫がなされている。そうでなければ治療が成立しない。QOLの維持も同様であり、経済評価が不十分な下で医療者は実践している。医療現場を後押しする、適正な技術・労働の評価が低医療費政策のもと診療報酬でなされていないことが問題なのであり、保険外サービスの産業化でQOLの維持や、診療の創意工夫が促進されるのではない。

 報告書に登場する「疾病管理(Disease Management)」は米国で事業化されたディジーズ・マネージメント(保健師によるネット回線画像による指導)を念頭にしているが、この日本版としての具体化がメタボ健診・指導であり、導入当時、日立、NTTデータ、オムロン、損保ジャパン、法研、花王、ルネサンスなど産業界がビジネスチャンスとしてこぞって群がり、厚労省もその旗振り役を務めたものである。当会の勝算なしとの指摘どおり、結果は低調な受診率にみるように産業界が思ったほどの結果には繋がっていない。今報告書はその巻き返しのためのプランの感が強い。

 さらには、公的保険制度の「枠外」の産業化とともに、「枠内」の医療の産業化もテーマにあげ、病院による関連産業の多角経営、海外患者の遠隔診療、特殊治療の提供など混合診療とセットで提案もなされている。

 医療の国際化は、"国内需給のミスマッチ"にもかかわらず、中国の富裕層を念頭にした国外需要の喚起、医療滞在ビザの発給を唱えているが、経済効果は限定的である。

 医療情報のネットワーク構築や標準化、医工連携は、個人情報保護の問題や薬事法の規制緩和など産業界の思惑が優先し、人権や安全性への配慮が後景に追いやられている感が強い。

 総じて、生存権保障の憲法25条に立脚した公的医療保険制度と今報告書は相いれず、法でうたう医療の公共性、非営利原則を無視したものとなっている。また、正常分娩が保険収載されていないのに提供されているとする誤解、プライマリー・ヘルスケア概念の我田引水的な引用など、報告書は随所に誤りが多い代物である。

 厚労省の受療行動調査(平成20年)では外来患者の満足度は「満足」が58.0%と6割を占め、「不満」は5.4%にすぎない。入院患者は「満足」が65.9%、「不満」4.7%であり、外来患者、入院患者とも満足度は前回調査より増加している。満足の中身も「診療・治療内容」「医師との対話」「看護や職員対応」が外来患者で5割超、入院患者で7割の満足度となっている。公的医療保険の「医療サービス」への満足度は高いのであり、受療権が保障されているかどうかが問題なのである。決して医療の産業化、周辺事業の産業振興が解決策ではないのである。

 医療費の総枠拡大に関し、中医協会長から否定的な観測が最近出されているが、産業連関表により医療の経済波及効果が一般産業より高いことは厚生白書や国会等で度々取り上げられている。直接的な雇用効果ばかりでなく、公的医療保険の給付が増加することで食品、建設、印刷、電気、機械など、経済の活性化が図られ、医療・社会保障の充実で将来不安が解消され消費が喚起されることになる。

 実際、公的給付の充実の下、医薬品業界や医療機器関連業界は成長してきたのである。

 本道は低医療費政策からの脱却、医療費の総枠拡大にある。決して規制改革による成長ではない。安全性無視、効率優先、利益至上主義の行きつく先は、JR西日本福知山線の脱線事故である。人命や健康・安全に係る規制緩和は、薬害の惨禍をふりかえるべきである。

 われわれは改めて医療産業研究会報告書の荒唐無稽、無責任さを問うものである。


2010年7月15日

医療と制度に理解を欠いた「医療産業研究会」報告書

メタボ健診の巻き返し狙った市場形成の皮算用を問う

神奈川県保険医協会

政策部長 桑島 政臣    


 6月30日、経産省の医療産業研究会が「国民健康保険制度の維持・改善に向けて」と題する報告書を公表した。この研究会は委員に日立、キャノン、JTB、東芝メディカルシステム、テルモなど企業トップが名を連ねており、報告書では医療の需要と供給のギャップ解消を図るため医療の産業化を進め、(1)疾病管理、介護予防、リハビリ、慢性期の生活支援などの「医療生活産業」の振興、(2)外国人患者の受け入れを通じた医療の国際化、(3)医療情報のネットワーク構築・標準化と医工連携―の3点を挙げ、公的保険外の市場創出を提言した。

 この報告書は医療そのものや、医療制度に対する基本的理解を欠き、事実誤認を前提に論旨が展開されており問題が多い。皆保険に逆行し、百害あって一利なしである。われわれはこの一連の策動を撤回すべきと考える。

 この報告書の源流は小泉構造改革時代に経済財政諮問会議の下に置かれた「生活産業創出研究会」が2002年12月26日に公表した報告書である。ここにはメタボ健診・保健指導による民間企業の市場形成や、いま話題の医療ツーリズム、MY病院構想(日本版PHR=personal health record)など別な表現で既に登場している。今報告書は、概ねこの焼きなおしであり、より具体的に記述をしたものである。

 この報告書は、高齢化の下、医療サービスの範囲・価格が計画供給のため需給ギャップが発生しているとし、その解決を保険外の充実に求めている。しかし需給ギャップの最たるものは「受診できないこと」であり、厚生労働省の患者調査(平成20年度)や国立社会保障・人口問題研究所の社会保障・人口問題基本調査(2007年)で明確になっている。前者では3年前に比べ1日あたり外来患者が22万人、入院患者は7万人と大きく減少、また後者では過去1年間に病気でありながら受診できなかった世帯が全世帯の2%(105万世帯252万人に相当)あり、その理由は「医療保険に未加入」14.2%、「「自己負担割合が高い」等の経済的な理由」38.4%と示されている。

 低医療費政策と医学部定員削減、拙速な臨床研修義務化により、医師不足が露呈し、救急、産科、小児科の医療機関や病院が生活圏からなくなる、「医療崩壊」が問題となっていることは周知である。これらの事実、基本認識を報告書は欠いている。

 また報告書は選定療養が患者ニーズに十分応えていない、公定の診療報酬はサービス内容に創意工夫の余地がなくメニューにQOL維持の視点がないとし、疾病管理、リハビリ、慢性期の生活支援を公的保険の「枠外」のサービスとして産業化し、サービスの標準化、品質保証、第三者評価、消費者評価、標準約款を設け自由な価格でビジネス化することを提案。保険と保険外との明確な線引き、潜在看護師・女性医師の活用、病院と自宅の中間に位置する「准病院」機能の創出も合わせて提言している。

 これは、保険給付の範囲を見直し、生活習慣病の指導やリハビリ、介護予防等を給付外とすることを前提とし、サービス提供事業体の周辺に「箔付け」のため関連事業体を形成し、患者・住民の信頼をえて「病院まがい」の機関を創設し、将来的に病院との境界域を曖昧にすることさえ内包している。 

 これにより医療保険は内実が劣化し、公的給付から外れた医療・介護は階層消費化されていく。そもそも論われている診療報酬とは、医療機関の医療提供の対価表であり、現実、医療内容は各医療機関で患者個々に応じ創意工夫がなされている。そうでなければ治療が成立しない。QOLの維持も同様であり、経済評価が不十分な下で医療者は実践している。医療現場を後押しする、適正な技術・労働の評価が低医療費政策のもと診療報酬でなされていないことが問題なのであり、保険外サービスの産業化でQOLの維持や、診療の創意工夫が促進されるのではない。

 報告書に登場する「疾病管理(Disease Management)」は米国で事業化されたディジーズ・マネージメント(保健師によるネット回線画像による指導)を念頭にしているが、この日本版としての具体化がメタボ健診・指導であり、導入当時、日立、NTTデータ、オムロン、損保ジャパン、法研、花王、ルネサンスなど産業界がビジネスチャンスとしてこぞって群がり、厚労省もその旗振り役を務めたものである。当会の勝算なしとの指摘どおり、結果は低調な受診率にみるように産業界が思ったほどの結果には繋がっていない。今報告書はその巻き返しのためのプランの感が強い。

 さらには、公的保険制度の「枠外」の産業化とともに、「枠内」の医療の産業化もテーマにあげ、病院による関連産業の多角経営、海外患者の遠隔診療、特殊治療の提供など混合診療とセットで提案もなされている。

 医療の国際化は、"国内需給のミスマッチ"にもかかわらず、中国の富裕層を念頭にした国外需要の喚起、医療滞在ビザの発給を唱えているが、経済効果は限定的である。

 医療情報のネットワーク構築や標準化、医工連携は、個人情報保護の問題や薬事法の規制緩和など産業界の思惑が優先し、人権や安全性への配慮が後景に追いやられている感が強い。

 総じて、生存権保障の憲法25条に立脚した公的医療保険制度と今報告書は相いれず、法でうたう医療の公共性、非営利原則を無視したものとなっている。また、正常分娩が保険収載されていないのに提供されているとする誤解、プライマリー・ヘルスケア概念の我田引水的な引用など、報告書は随所に誤りが多い代物である。

 厚労省の受療行動調査(平成20年)では外来患者の満足度は「満足」が58.0%と6割を占め、「不満」は5.4%にすぎない。入院患者は「満足」が65.9%、「不満」4.7%であり、外来患者、入院患者とも満足度は前回調査より増加している。満足の中身も「診療・治療内容」「医師との対話」「看護や職員対応」が外来患者で5割超、入院患者で7割の満足度となっている。公的医療保険の「医療サービス」への満足度は高いのであり、受療権が保障されているかどうかが問題なのである。決して医療の産業化、周辺事業の産業振興が解決策ではないのである。

 医療費の総枠拡大に関し、中医協会長から否定的な観測が最近出されているが、産業連関表により医療の経済波及効果が一般産業より高いことは厚生白書や国会等で度々取り上げられている。直接的な雇用効果ばかりでなく、公的医療保険の給付が増加することで食品、建設、印刷、電気、機械など、経済の活性化が図られ、医療・社会保障の充実で将来不安が解消され消費が喚起されることになる。

 実際、公的給付の充実の下、医薬品業界や医療機器関連業界は成長してきたのである。

 本道は低医療費政策からの脱却、医療費の総枠拡大にある。決して規制改革による成長ではない。安全性無視、効率優先、利益至上主義の行きつく先は、JR西日本福知山線の脱線事故である。人命や健康・安全に係る規制緩和は、薬害の惨禍をふりかえるべきである。

 われわれは改めて医療産業研究会報告書の荒唐無稽、無責任さを問うものである。


2010年7月15日