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2010/2/10 学術部長談話「手段と目的を違えることなく、患者・国民の安全を重視した薬事行政を求める」

手段と目的を違えることなく、患者・国民の安全を重視した薬事行政を求める

神奈川県保険医協会

学術部長  山本晴章


 昨年12月22日に中医協薬価専門部会において、新薬創出・適応外薬解消等促進加算(以後新薬創出加算)の試行的導入を柱とした来年度薬価制度改革の骨子案を了承。10年1月29日には改正の内容が示された。これは後発医薬品の無い新薬の薬価を一定期間下げない代わりに、後発医薬品が発売された製品や、一定期間過ぎた場合などには一段と薬価を下げる薬価算定の制度である。これによって新薬の開発費用の回収が早まることが予想される。同時にこの加算の算定要件には、適応外薬の開発推進が求められており、厚生労働省が設置する有識者会議(仮称)より適応外薬の開発要請がされることから、適応外薬の解消につながる可能性はあるだろう。

 しかし、日本製薬団体連合会が自ら示す資料にもあるように、2007年までの製薬メーカー各社の平均的な経常利益率は20%を超えており、2008年度に若干落ち込みがあるとはいえ、17%を維持している。その他の産業の平均が3~5%であることを考えれば、異常なほどの高収益状態といえる。また新薬開発の費用回収が早まった上、後発品が発売されるまでの間さらに大きな利益を製薬メーカーに確保させることになる。これまでの高収益状況の中にあって、新薬や適応外薬の開発が進んで来なかったことを踏まえると、回収が早まるだけで今後の適応外薬の開発が促進されるかどうか、その実効性は不透明である。また今回は平成22年度に限っての試行という点からも有識者会議の開発要請に実効性があるかどうか疑問である。

 新薬開発の必要性からいえば、その是非は言うまでも無い。狙い通り今回の新薬創出加算で新薬開発が促進されたとしよう。しかし、新薬開発に盲進するあまり、その目的と手段を混同しないように求めたい。つまり新薬の開発が世界水準に到達すること、またそれ以上を求め、世界との競争に勝つこと等を目的とするのではなく、あくまでもより患者の為になるかということ、また薬害によって健康を損なうような悲劇が無いように、人間の健康が第一義的に考えられるべきである。

 われわれが上記のように危惧するのは、現在のわが国の治験のあり方に不安を持っているためである。これまで日本の治験は高コストでスピードが遅く、質にも問題があるとされてきた。こうした現状を打開するため、厚生労働省などは「全国治験活性化3カ年計画」、「新たな治験活性化5カ年計画」などの施策を推進している。具体的には治験実施施設の確保や人材の育成、国際共同治験の実施数増加、企業の治験負担の軽減などを目標に据え、治験の活性化を図っている。実際、以前に比べ年間の治験届数は増えているが、治験を取り巻く状況の変化はそれだけではない。中でも国際共同治験の割合の増加、治験に関わるコストの削減は顕著である。こうした状況の変化に伴い、いくつかの問題も顕在化している。

 国際共同治験が増加するに従って、欧米の生活様式に適した実施計画であることや、日本と欧米の治療ガイドラインの基準値が異なることなど、日本国内での治験実施に非常な困難を強いられるということが問題視されてきた。また海外から報告される症例には、臨床検査値が一体どのような方法で測定されたものか記述されていないものもあり、その情報を確認する上で困難なものになっている。

 また、煩雑な事務業務の多い治験を円滑に行なうことができるよう、治験施設支援機関(SMO)や開発業務受託機関(CRO)などが存在するが、そのSMOやCRO、治験実施医療機関への必要経費の支払いについても、開発メーカーの意識がコストの削減という方向で明らかに変化している。製薬メーカーは少数の施設で多数の症例を確保できるような治験の実施を求める傾向が強まり、更に治験実施医療機関への支払いは、実施症例数による出来高払いが浸透し、途中で脱落した症例に関わる費用が支払われないという問題が指摘されている。また治験審査委員会(IRB)の審議費用などを一括で定額支払いされるため、一施設単独の審議ではIRB審議費用を賄えない可能性も出つつある。これによって複数の治験実施医療機関を取りまとめて審議する中央IRB化が進んでいるが、治験の実施医療機関を充分知らずに審議される可能性があること、数多くの案件の審議が集中することで、それぞれの案件に充分な審議時間がとれなくなり、審議の質が低下することなどが危惧される。

 確かに治験の高コスト体質を解決するための、ある程度の合理化は必要である。しかし効率を追求するあまりにIRB審議が形骸化するようなことがあっては本末転倒である。中央IRB化するのであっても、その地域の状況にも通じた委員のいるIRBが望ましいのではないか。

 今回の加算では、新薬の薬価が下げ止まることで一部の製薬メーカーにとっては増収となるだろう。一方で対象の新薬が少なく、長期収載の薬剤が多い製薬メーカーにとっては大きな減収となる可能性がある。新薬創出加算が23年度も継続されれば、製薬メーカーも死活問題となるため、新薬の開発は促進されるかもしれない。ただ気をつけたいのは、製薬業界にとって今回の薬価改訂は総額でマイナスとなっていることである。そのような中で新薬開発が促進されれば、今まで以上にコストの削減が行なわれ、治験の質を低下させる危険性がある。

 また中小の製薬メーカーが減収に耐えられず、合併や大手メーカーに吸収されるなど、製薬業界の再編が起こる可能性もある。更には発売からの期間が長く不採算となる薬剤を切り捨てるような動きが起きないかという心配もある。

 今後、われわれの危惧が現実のものとならないよう、注視が必要である。それとともに、治験の活性化と患者の利益という手段と目的の転倒をしない関係諸官庁の姿勢と真に患者国民のためとなる薬事行政を強く求めたい。

2010年2月10

 

手段と目的を違えることなく、患者・国民の安全を重視した薬事行政を求める

神奈川県保険医協会

学術部長  山本晴章


 昨年12月22日に中医協薬価専門部会において、新薬創出・適応外薬解消等促進加算(以後新薬創出加算)の試行的導入を柱とした来年度薬価制度改革の骨子案を了承。10年1月29日には改正の内容が示された。これは後発医薬品の無い新薬の薬価を一定期間下げない代わりに、後発医薬品が発売された製品や、一定期間過ぎた場合などには一段と薬価を下げる薬価算定の制度である。これによって新薬の開発費用の回収が早まることが予想される。同時にこの加算の算定要件には、適応外薬の開発推進が求められており、厚生労働省が設置する有識者会議(仮称)より適応外薬の開発要請がされることから、適応外薬の解消につながる可能性はあるだろう。

 しかし、日本製薬団体連合会が自ら示す資料にもあるように、2007年までの製薬メーカー各社の平均的な経常利益率は20%を超えており、2008年度に若干落ち込みがあるとはいえ、17%を維持している。その他の産業の平均が3~5%であることを考えれば、異常なほどの高収益状態といえる。また新薬開発の費用回収が早まった上、後発品が発売されるまでの間さらに大きな利益を製薬メーカーに確保させることになる。これまでの高収益状況の中にあって、新薬や適応外薬の開発が進んで来なかったことを踏まえると、回収が早まるだけで今後の適応外薬の開発が促進されるかどうか、その実効性は不透明である。また今回は平成22年度に限っての試行という点からも有識者会議の開発要請に実効性があるかどうか疑問である。

 新薬開発の必要性からいえば、その是非は言うまでも無い。狙い通り今回の新薬創出加算で新薬開発が促進されたとしよう。しかし、新薬開発に盲進するあまり、その目的と手段を混同しないように求めたい。つまり新薬の開発が世界水準に到達すること、またそれ以上を求め、世界との競争に勝つこと等を目的とするのではなく、あくまでもより患者の為になるかということ、また薬害によって健康を損なうような悲劇が無いように、人間の健康が第一義的に考えられるべきである。

 われわれが上記のように危惧するのは、現在のわが国の治験のあり方に不安を持っているためである。これまで日本の治験は高コストでスピードが遅く、質にも問題があるとされてきた。こうした現状を打開するため、厚生労働省などは「全国治験活性化3カ年計画」、「新たな治験活性化5カ年計画」などの施策を推進している。具体的には治験実施施設の確保や人材の育成、国際共同治験の実施数増加、企業の治験負担の軽減などを目標に据え、治験の活性化を図っている。実際、以前に比べ年間の治験届数は増えているが、治験を取り巻く状況の変化はそれだけではない。中でも国際共同治験の割合の増加、治験に関わるコストの削減は顕著である。こうした状況の変化に伴い、いくつかの問題も顕在化している。

 国際共同治験が増加するに従って、欧米の生活様式に適した実施計画であることや、日本と欧米の治療ガイドラインの基準値が異なることなど、日本国内での治験実施に非常な困難を強いられるということが問題視されてきた。また海外から報告される症例には、臨床検査値が一体どのような方法で測定されたものか記述されていないものもあり、その情報を確認する上で困難なものになっている。

 また、煩雑な事務業務の多い治験を円滑に行なうことができるよう、治験施設支援機関(SMO)や開発業務受託機関(CRO)などが存在するが、そのSMOやCRO、治験実施医療機関への必要経費の支払いについても、開発メーカーの意識がコストの削減という方向で明らかに変化している。製薬メーカーは少数の施設で多数の症例を確保できるような治験の実施を求める傾向が強まり、更に治験実施医療機関への支払いは、実施症例数による出来高払いが浸透し、途中で脱落した症例に関わる費用が支払われないという問題が指摘されている。また治験審査委員会(IRB)の審議費用などを一括で定額支払いされるため、一施設単独の審議ではIRB審議費用を賄えない可能性も出つつある。これによって複数の治験実施医療機関を取りまとめて審議する中央IRB化が進んでいるが、治験の実施医療機関を充分知らずに審議される可能性があること、数多くの案件の審議が集中することで、それぞれの案件に充分な審議時間がとれなくなり、審議の質が低下することなどが危惧される。

 確かに治験の高コスト体質を解決するための、ある程度の合理化は必要である。しかし効率を追求するあまりにIRB審議が形骸化するようなことがあっては本末転倒である。中央IRB化するのであっても、その地域の状況にも通じた委員のいるIRBが望ましいのではないか。

 今回の加算では、新薬の薬価が下げ止まることで一部の製薬メーカーにとっては増収となるだろう。一方で対象の新薬が少なく、長期収載の薬剤が多い製薬メーカーにとっては大きな減収となる可能性がある。新薬創出加算が23年度も継続されれば、製薬メーカーも死活問題となるため、新薬の開発は促進されるかもしれない。ただ気をつけたいのは、製薬業界にとって今回の薬価改訂は総額でマイナスとなっていることである。そのような中で新薬開発が促進されれば、今まで以上にコストの削減が行なわれ、治験の質を低下させる危険性がある。

 また中小の製薬メーカーが減収に耐えられず、合併や大手メーカーに吸収されるなど、製薬業界の再編が起こる可能性もある。更には発売からの期間が長く不採算となる薬剤を切り捨てるような動きが起きないかという心配もある。

 今後、われわれの危惧が現実のものとならないよう、注視が必要である。それとともに、治験の活性化と患者の利益という手段と目的の転倒をしない関係諸官庁の姿勢と真に患者国民のためとなる薬事行政を強く求めたい。

2010年2月10