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TOP > 神奈川県保険医協会とは > 私たちの考え > 2011/7/7 提言「新たな高齢者医療制度は、医療保険の県単位再編の一里塚 財政力豊かな健保、共済の抜けがけ許さず、一本化の礎石を築くべき」

2011/7/7 提言「新たな高齢者医療制度は、医療保険の県単位再編の一里塚 財政力豊かな健保、共済の抜けがけ許さず、一本化の礎石を築くべき」

新たな高齢者医療制度は、医療保険の県単位再編の一里塚

財政力豊かな健保、共済の抜けがけ許さず、一本化の礎石を築くべき

     

神奈川県保険医協会・政策部


◆新制度案、実は市町村国保の県単位再編・統合計画

 高齢者医療の新制度案の最終とりまとめ案が昨年(2010年)12月8日、公表された。東日本大震災前には、今国会に高齢者医療確保法改定案、健康保険法等改定案として上程される予定であったが、中断している。税と社会保障の一体改革の成案がとりまとめられ多岐にわたる改革メニューに埋没した感があるが、今後確実に法案が国会に上程される。この新制度案は、薄らいだ世間の関心とは逆に医療保険の今後の帰趨を決する問題をはらんでいる。

 その概要は、①現在の後期高齢者医療制度は2013年3月末で廃止し、②75歳以上の高齢者は同年4月より市町村国保に1200万人、被用者保険に200万人加入とし、地域保険は国保に一本化する。③市町村国保の県単位化に向けて、その再編統合を二段階のプロセスで行う。④その第一段階として市町村国保の75歳以上について、県が標準(基準)保険料の設定をするなど、県による財政運営を行う。ただし、保険料の徴収、給付事務、保険証発行などの資格管理は市町村が行う。

 ⑤費用負担については、75歳以上について、患者負担分を除いた医療給付を「保険料1:支援金4:公費5」の割合で負う仕組みは継続し、支援金については総報酬制の割合を増やす。65歳~74歳までにも同様の財政調整の仕組みを入れる、⑥75歳以上の保険料は所得割と均等割で算出し県内一律とする、⑦保険料は世帯主が納入することとし、75歳以上世帯主は年金天引き、65歳以上世帯主も天引きを可能とする、⑧患者負担は75歳以上は1割、70~74歳は2割(新制度以降)とする。

 ⑨第二段階としての市町村国保の全年齢での県単位化を行う。2018年度を目標に、市町村間の保険料の平準化を図るため、現在の国保法で定められた「広域化等支援方針」に基づき、保険料収納率の向上、法定外繰入の解消、医療費適正化等に取り組む。

 ⑩県が策定する医療費適正化計画は継続し、関連する医療計画、健康増進計画、介護保険事業支援計画と合わせた医療費適正化は、県・市町村・保険者による「保険者協議会」で効率化・推進する。⑪特定健診・保健指導(1,000億円規模)は廃止せず、その実績に基づく支援金(5,000億円規模)の10%加減算のペナルティー措置は継続する―などとなっている。

 新制度案は、支援金の各医療保険組合からの拠出に関し、これまで一人頭定額の加入者割が採用されていたものが、総報酬割へと変更予定とされ一部、改善点はあるものの、医療費の増加分を保険料に連動させる基本的な枠組みや、医療保険の県単位再編の企図は何ら変わっていない。事実、社会保障審議会の医療保険部会の席上、委員の岩村東大教授が「高齢者医療の新制度の中間まとめと資料の表題がなっているが、中身をみると市町村国保の県単位統合というのがふさわしいと思う。表題が不適切」だと図らずも本質を指摘しているところにそれが窺われる。

 総じて、新制度案は、これまでの独立型の後期高齢者医療制度を廃止するものの、旧来の老人保健制度のようなものを志向するものでもなく、2003年の閣議決定に基づく医療保険の再編に向けて、高齢者を梃に、国保の県単位化を大きく進めるものとなっている。

 当初より、医療保険の県単位再編の先行制度の色彩を帯び出発した、後期高齢者医療制度は図らずも廃止世論と政権交代を逆手に取り、その企図に実現を加速させる結果となっている。

 

◆後期高齢者医療制度に込められた医療費抑制の総合対策は不変

 後期高齢者医療制度とは、メタボ健診と医療費抑制を数値目標とする医療費適正化計画と一体の制度である。ゆえに、新制度案でも、メタボ健診・指導の成績如何により支援金の加減算のペナルティーは存続するとされた。これには、労働安全衛生法の企業健診を微修正した組合健保と実施体制・環境条件が違う、そもそも道理がないなどと、市町村国保をはじめ中小の医療保険組合から反発が強かったこともあり、さすがに方法論への検討という微修正が施された。

 医療費適正化計画も同様だ。県単位で策定し、療養病床の削減や平均在院日数の縮小を図り医療費を逓減させる。一期5年のこの計画は目標が未達成の場合に、終了翌年度つまり2013年度に診療報酬の特例が厚労大臣と知事の協議で設定される。例えば1点単価を9円や8円に変更したり、入院基本料の入院期間による点数低減の傾斜を強化するなどが考えられる。これも継続となった。尚、療養病床については介護型の2013年全廃は旗を下したものの、新規届け出は認めないと自然淘汰のレールを敷いた。

 つまり、これらの仕組みが温存されたため、市町村国保の財政力の「弱さ」により県単位再編の医療給付の内容に格差がつき、そのレールが固定化さていくことになる。居住する県により、制度が保障する給付内容に格差がつくということになる。

 

◆問われていない将来推計 数字が物語っている患者負担増、給付削減の意図

 税と社会保障の一体改革の成案では70歳から74歳の2割負担化の明示は見送られているが、当初は昨年厚労省から医療費用の将来推計とともに提案され、この措置がなければ2,000億円の穴があくとされていたものである。この当初の将来推計ももはや問われてさえいない。

 もともと厚労省サイドの目論みは2割負担にとどまっていない。将来推計をよく見ると、75歳未満と75歳以上の各医療保険の保険料合計が現行制度と比べて2013年度は▲600億円で軽減され、その分を公費700億円プラスし補填するとしているが、以降は2015年度が保険料▲1,200億円に対し公費500億円増、2020年度は各々▲2,300億円と200億円、2025年度は▲2,500億円と600億円で、公費で補填されていない。つまりは、表には記されていない患者負担が増加することを意味している。

 既に、昨年11月の協会けんぽの京都支部評議会の席では、患者負担4割への引き上げの声が出され、「集中検討会議」でも患者負担増が出されていた。急浮上した受診時の定額負担はこの延長線上の話である。また昨年頓挫した高額療養費の8万千円から4万4千円への引き下げ提案の再燃が福音かのように報道されたが、難病公費医療の医療保険への移譲が社保審医療保険部会の議論から透けており定額負担とのバーターは制度論的に問題がある。更には、軽医療の保険外しが困難な中、歯科で噂が消えない変動給付率を医科に適応し、軽医療の給付率を下げるといったことが、この高額療養費問題との関連で考えられ、いままた医薬品の負担問題で論じられ予断を許さない。

 今後、射程にあがる健保法関連改定法案は高齢者医療制度以外にも出産育児一時金の現物給付方式支払の制度化など、混合診療の全面展開のインフラ整備をはじめ、その内容と企図は深いものとなる。

 

◆払拭されない疑問と深まる疑念

 高齢者医療の新制度を梃子にした医療保険再編だが、当会は05年8月にこの問題について、患者・国民にとって福音なのか?と7つの疑問を提示し、世間に問うたが依然、払拭されていない。それどころか疑念は深まっている。

 第1に、この再編で国が1兆4千億円の医療への支出削減を計画しており、主に政管健保を協会けんぽに変更し、都道府県単位の支部設立と支部単位での独自の保険料設定を認めたことである。これで国庫投入は増やされることはなくなった。

 第2に、国の負担を大幅に削減し、県ごとに医療費のサイズに合わせて保険料を変えたり、保険点数の単価を9円や8円に下げるということは、民間保険の手法となんら変わらないという点である。民間保険は、受けるサービスに応じた保険料の設定を基本としているが、公的保険は経済能力に応じた負担が基本であり、この点を捻じ曲げることになる。 

 この、応能負担は、生存権を保障する憲法が全国民を公的保険に加入させて医療を保障するために作った基本的な約束であり、これを反故とする仕組みは変わっていない。

 第3に、医療サービスは県ごとに提供されてはおらず、全国で提供されている点である。確かに、医療計画は県単位につくられているが、これは病院のベッド数の上限を決めているに過ぎない。どこの県の患者でも医療機関は治療をする、つまり全国どこでも患者は受診できる。住まいと異なる県の職場周辺での受診や、高度医療を提供する病院への地方の患者の入院など県単位にしばられず受診しており、例をだすまでもない。

 この「いつでも、どこでも、だれでも」が受診できる日本独特のシステムは、世界一の健康度を達成させている。

 しかし、この間、医療計画における4疾病5事業による緩やかな医療機関の計画配置、国中央会からの登録医制の執拗な要求や、外来の「自己完結型」登録医制の後期高齢者診療料の設定など、フリーアクセスを制限する方向が顕在化しつつある。

 

 第4に、県ごとの医療費の違いを強調し、何の補足説明もなく、むだ遣いとの印象づけを図っているが、疾病は社会的要因に影響されるとともに、医療費も医療サービスの提供状況により差異が生じることを無視している。

 例えば、胃がんは世界的にみて寒冷地に多発傾向があり、日本では北部日本海沿岸に多いとされ山形県は受診率、入院治療率が高い。また、高血圧の発生も地域的なバラつきが見られる。このように、食生活や生活習慣、気候・風土により疾病の発生状況は異なる。

 また、雪深い北海道や、交通網が縦横にない東北地方など、通院治療より入院治療の方が合理的な地域、高度医療を提供できる病院が密集している地域と空白な地域があり、医療費の規模に反映している。

 これを医療費を低く抑えるという経済的な観点からのみ、機械的に保険料設定で対応するという発想は、非人道的である。

 第5に、"負担と給付の透明化"、"住民自治の学校"と鳴り物入りで導入された自主性・自律性のある「介護保険」は、看板倒れだったことである。介護保険は年率10%の給付の伸びを見せ、ついに先の国会で給付カットの仕組みを入れざるを得なかった。また、住民自治とは名ばかりで、住民の意見反映によるむだ遣いの是正や、住民の意向を反映したサービスの充実には何らつながっていないのである。

 医療や介護など社会保障は、需要のあるものにはサービスが必要であり、制限できないのである。

 ちなみに介護保険の保険者は市町村単位を超えた規模のグループ運営(広域連合)を福岡県が行っており、最大規模の保険者、横浜市は市民400万人であり、規模の大きさは論拠がない。

 第6に、保険料の設定に裁量権が大きくある市町村国保の多くは赤字(保険者の71.1%<07年度>)であり、財政的に破綻している。これを県単位にしたとしても、解決はしない。横浜市国保は、地方の県と匹敵する規模であるが赤字である。

 また保険料収納率は、中核都市や政令市など規模が大きくなるほど悪化しており、規模20万人以上の保険者では収納率9割を下回る保険者の割合が70.3%と、全体平均の16.4%<07年度>と大きく乖離している。規模の効率化は全く論拠がないのである。

 第7に、この再編について、大企業の健保組合や、国家公務員の共済組合は対象になっていない。これらの組合は、きわめて優良な財政運営をしており、患者の負担が少ない優遇措置がある。しかも、大企業100社は「保険者機能を推進する会」を結成し、医療機関に対し優位な立場を築こうと運動をしている。

 この抜けがけともいうべき、高みの見物について片山総務大臣も大臣就任前に国保と国家公務員共済の統合を昨年、日経新聞で述べているほどである。

 以上の指摘した事実より、次のような6年前に擁いた疑問は払拭どころか深まっている。

 

 つまりそれは、この医療保険再編は、①国が財政負担を軽くし、患者・国民、零細事業主、市町村、県におしつけるためだけのものではないか。②自律性の名目で、例えば、県外の医療サービスを受ける場合に制限がつけられるのではないか、③県単位の運営は誰がやるのか、ひょっとしたら、民間保険とほとんど同じなら、生保や損保会社に運営を任せるのではないか、④低い医療費で医療を提供する医療機関とのみ、保険者は契約をするようにならないか、その場合、医療の質や安全は大丈夫なのか、⑤公的な医療サービスは標準型のみとなり、あとは自腹を切るようにならないか、⑥財政運営の失敗はすでに予見されるが、深刻な失敗に終わった場合に、誰が医療を保障してくれるのか。

 動機が、医療費を抑える、だけに非常に不透明である。7年前、政管健保の県単位の分割と、老人医療の対象を75歳以上と決めたことは「画期的」と丹羽・自民党社会保障基本問題調査会会長が述べたことに、底意がみてとれる。

 本質的には、65歳以上が45.0%を占め、無職が55.4%(07年度)が占める市町村国保の構造的問題(*参考:08年からの後期高齢者医療制度の発足により09年度では65歳以上が31.4%、無職が39.6%)、に何ら手だてを講じず、医療費適正化のムチを打つ統合を進めても何ら問題の解決にはならないのである。

◆6つの提言と一本化に向けて

 この再編について、いくつかの提言をする。

 医療費は疾病が減らない限り減らない。また、団塊の世代に高齢化、高齢社会の突入で、医療費の増加傾向は必然的である。これを機械的に医療費を削減したり、財政論での収支の辻褄あわせをいくら弄しても何の解決にはならない。すでに厚労省は一本化の意志はない。地方分権、地域主権化の名の下、医療保障への国の責任を放棄しようとしている。

 われわれは、医療保険の一本化に向けて早急に舵を切るべきと考える。既に発表した、「医療政策提言」の中で提案した4点の方向性をここに挙げるとともに、この新制度提案にあたっての6点の提言をする。

 

<一本化の方向性>

① 被保険者は保険料を収入への定率比例で納入する。

② 事業主は事業規模(事業収益と雇用人員)に応じた累進的な保険料を納める。

③ 保険料徴収(納入)は職場または市町村を通じて行う。

④ 国庫は必要財源を完全に補填する形とし、都道府県・市町村の公費はその10%ずつとする。

<新制度案に対する提言>

1.2003年の閣議決定を撤回し、医療保険の県単位再編・統合の方針を見直す。大企業の組合健保、国家公務員共済の公民共済の出し抜けはさせない。

2.医療保険制度の一本化をする。それを目標化し、そのための準備をする。

3.国庫の投入を協会けんぽ20%、国保45%(医療費ベース)と過去水準に復元する。

4.問題の根本、低医療費政策を転換する。独仏水準の医療費を確保する。

5.実践的な経験や実証研究で成果のあった予防事業・保健事業への財源投入をする。

 ―久山町研究、八尾市の糖尿病管理、北海道瀬棚町の肺炎球菌ワクチンなどに学び広報する。

6.患者負担の解消を行い、早期発見・早期治療を保障する。

 ―当協会調査で経済的理由での治療中断は1割、受診抑制は3割に上る。結果的に病状悪化は医療経済上も悪影響がある。

 

2011年7月7日

 

新たな高齢者医療制度は、医療保険の県単位再編の一里塚

財政力豊かな健保、共済の抜けがけ許さず、一本化の礎石を築くべき

     

神奈川県保険医協会・政策部


◆新制度案、実は市町村国保の県単位再編・統合計画

 高齢者医療の新制度案の最終とりまとめ案が昨年(2010年)12月8日、公表された。東日本大震災前には、今国会に高齢者医療確保法改定案、健康保険法等改定案として上程される予定であったが、中断している。税と社会保障の一体改革の成案がとりまとめられ多岐にわたる改革メニューに埋没した感があるが、今後確実に法案が国会に上程される。この新制度案は、薄らいだ世間の関心とは逆に医療保険の今後の帰趨を決する問題をはらんでいる。

 その概要は、①現在の後期高齢者医療制度は2013年3月末で廃止し、②75歳以上の高齢者は同年4月より市町村国保に1200万人、被用者保険に200万人加入とし、地域保険は国保に一本化する。③市町村国保の県単位化に向けて、その再編統合を二段階のプロセスで行う。④その第一段階として市町村国保の75歳以上について、県が標準(基準)保険料の設定をするなど、県による財政運営を行う。ただし、保険料の徴収、給付事務、保険証発行などの資格管理は市町村が行う。

 ⑤費用負担については、75歳以上について、患者負担分を除いた医療給付を「保険料1:支援金4:公費5」の割合で負う仕組みは継続し、支援金については総報酬制の割合を増やす。65歳~74歳までにも同様の財政調整の仕組みを入れる、⑥75歳以上の保険料は所得割と均等割で算出し県内一律とする、⑦保険料は世帯主が納入することとし、75歳以上世帯主は年金天引き、65歳以上世帯主も天引きを可能とする、⑧患者負担は75歳以上は1割、70~74歳は2割(新制度以降)とする。

 ⑨第二段階としての市町村国保の全年齢での県単位化を行う。2018年度を目標に、市町村間の保険料の平準化を図るため、現在の国保法で定められた「広域化等支援方針」に基づき、保険料収納率の向上、法定外繰入の解消、医療費適正化等に取り組む。

 ⑩県が策定する医療費適正化計画は継続し、関連する医療計画、健康増進計画、介護保険事業支援計画と合わせた医療費適正化は、県・市町村・保険者による「保険者協議会」で効率化・推進する。⑪特定健診・保健指導(1,000億円規模)は廃止せず、その実績に基づく支援金(5,000億円規模)の10%加減算のペナルティー措置は継続する―などとなっている。

 新制度案は、支援金の各医療保険組合からの拠出に関し、これまで一人頭定額の加入者割が採用されていたものが、総報酬割へと変更予定とされ一部、改善点はあるものの、医療費の増加分を保険料に連動させる基本的な枠組みや、医療保険の県単位再編の企図は何ら変わっていない。事実、社会保障審議会の医療保険部会の席上、委員の岩村東大教授が「高齢者医療の新制度の中間まとめと資料の表題がなっているが、中身をみると市町村国保の県単位統合というのがふさわしいと思う。表題が不適切」だと図らずも本質を指摘しているところにそれが窺われる。

 総じて、新制度案は、これまでの独立型の後期高齢者医療制度を廃止するものの、旧来の老人保健制度のようなものを志向するものでもなく、2003年の閣議決定に基づく医療保険の再編に向けて、高齢者を梃に、国保の県単位化を大きく進めるものとなっている。

 当初より、医療保険の県単位再編の先行制度の色彩を帯び出発した、後期高齢者医療制度は図らずも廃止世論と政権交代を逆手に取り、その企図に実現を加速させる結果となっている。

 

◆後期高齢者医療制度に込められた医療費抑制の総合対策は不変

 後期高齢者医療制度とは、メタボ健診と医療費抑制を数値目標とする医療費適正化計画と一体の制度である。ゆえに、新制度案でも、メタボ健診・指導の成績如何により支援金の加減算のペナルティーは存続するとされた。これには、労働安全衛生法の企業健診を微修正した組合健保と実施体制・環境条件が違う、そもそも道理がないなどと、市町村国保をはじめ中小の医療保険組合から反発が強かったこともあり、さすがに方法論への検討という微修正が施された。

 医療費適正化計画も同様だ。県単位で策定し、療養病床の削減や平均在院日数の縮小を図り医療費を逓減させる。一期5年のこの計画は目標が未達成の場合に、終了翌年度つまり2013年度に診療報酬の特例が厚労大臣と知事の協議で設定される。例えば1点単価を9円や8円に変更したり、入院基本料の入院期間による点数低減の傾斜を強化するなどが考えられる。これも継続となった。尚、療養病床については介護型の2013年全廃は旗を下したものの、新規届け出は認めないと自然淘汰のレールを敷いた。

 つまり、これらの仕組みが温存されたため、市町村国保の財政力の「弱さ」により県単位再編の医療給付の内容に格差がつき、そのレールが固定化さていくことになる。居住する県により、制度が保障する給付内容に格差がつくということになる。

 

◆問われていない将来推計 数字が物語っている患者負担増、給付削減の意図

 税と社会保障の一体改革の成案では70歳から74歳の2割負担化の明示は見送られているが、当初は昨年厚労省から医療費用の将来推計とともに提案され、この措置がなければ2,000億円の穴があくとされていたものである。この当初の将来推計ももはや問われてさえいない。

 もともと厚労省サイドの目論みは2割負担にとどまっていない。将来推計をよく見ると、75歳未満と75歳以上の各医療保険の保険料合計が現行制度と比べて2013年度は▲600億円で軽減され、その分を公費700億円プラスし補填するとしているが、以降は2015年度が保険料▲1,200億円に対し公費500億円増、2020年度は各々▲2,300億円と200億円、2025年度は▲2,500億円と600億円で、公費で補填されていない。つまりは、表には記されていない患者負担が増加することを意味している。

 既に、昨年11月の協会けんぽの京都支部評議会の席では、患者負担4割への引き上げの声が出され、「集中検討会議」でも患者負担増が出されていた。急浮上した受診時の定額負担はこの延長線上の話である。また昨年頓挫した高額療養費の8万千円から4万4千円への引き下げ提案の再燃が福音かのように報道されたが、難病公費医療の医療保険への移譲が社保審医療保険部会の議論から透けており定額負担とのバーターは制度論的に問題がある。更には、軽医療の保険外しが困難な中、歯科で噂が消えない変動給付率を医科に適応し、軽医療の給付率を下げるといったことが、この高額療養費問題との関連で考えられ、いままた医薬品の負担問題で論じられ予断を許さない。

 今後、射程にあがる健保法関連改定法案は高齢者医療制度以外にも出産育児一時金の現物給付方式支払の制度化など、混合診療の全面展開のインフラ整備をはじめ、その内容と企図は深いものとなる。

 

◆払拭されない疑問と深まる疑念

 高齢者医療の新制度を梃子にした医療保険再編だが、当会は05年8月にこの問題について、患者・国民にとって福音なのか?と7つの疑問を提示し、世間に問うたが依然、払拭されていない。それどころか疑念は深まっている。

 第1に、この再編で国が1兆4千億円の医療への支出削減を計画しており、主に政管健保を協会けんぽに変更し、都道府県単位の支部設立と支部単位での独自の保険料設定を認めたことである。これで国庫投入は増やされることはなくなった。

 第2に、国の負担を大幅に削減し、県ごとに医療費のサイズに合わせて保険料を変えたり、保険点数の単価を9円や8円に下げるということは、民間保険の手法となんら変わらないという点である。民間保険は、受けるサービスに応じた保険料の設定を基本としているが、公的保険は経済能力に応じた負担が基本であり、この点を捻じ曲げることになる。 

 この、応能負担は、生存権を保障する憲法が全国民を公的保険に加入させて医療を保障するために作った基本的な約束であり、これを反故とする仕組みは変わっていない。

 第3に、医療サービスは県ごとに提供されてはおらず、全国で提供されている点である。確かに、医療計画は県単位につくられているが、これは病院のベッド数の上限を決めているに過ぎない。どこの県の患者でも医療機関は治療をする、つまり全国どこでも患者は受診できる。住まいと異なる県の職場周辺での受診や、高度医療を提供する病院への地方の患者の入院など県単位にしばられず受診しており、例をだすまでもない。

 この「いつでも、どこでも、だれでも」が受診できる日本独特のシステムは、世界一の健康度を達成させている。

 しかし、この間、医療計画における4疾病5事業による緩やかな医療機関の計画配置、国中央会からの登録医制の執拗な要求や、外来の「自己完結型」登録医制の後期高齢者診療料の設定など、フリーアクセスを制限する方向が顕在化しつつある。

 

 第4に、県ごとの医療費の違いを強調し、何の補足説明もなく、むだ遣いとの印象づけを図っているが、疾病は社会的要因に影響されるとともに、医療費も医療サービスの提供状況により差異が生じることを無視している。

 例えば、胃がんは世界的にみて寒冷地に多発傾向があり、日本では北部日本海沿岸に多いとされ山形県は受診率、入院治療率が高い。また、高血圧の発生も地域的なバラつきが見られる。このように、食生活や生活習慣、気候・風土により疾病の発生状況は異なる。

 また、雪深い北海道や、交通網が縦横にない東北地方など、通院治療より入院治療の方が合理的な地域、高度医療を提供できる病院が密集している地域と空白な地域があり、医療費の規模に反映している。

 これを医療費を低く抑えるという経済的な観点からのみ、機械的に保険料設定で対応するという発想は、非人道的である。

 第5に、"負担と給付の透明化"、"住民自治の学校"と鳴り物入りで導入された自主性・自律性のある「介護保険」は、看板倒れだったことである。介護保険は年率10%の給付の伸びを見せ、ついに先の国会で給付カットの仕組みを入れざるを得なかった。また、住民自治とは名ばかりで、住民の意見反映によるむだ遣いの是正や、住民の意向を反映したサービスの充実には何らつながっていないのである。

 医療や介護など社会保障は、需要のあるものにはサービスが必要であり、制限できないのである。

 ちなみに介護保険の保険者は市町村単位を超えた規模のグループ運営(広域連合)を福岡県が行っており、最大規模の保険者、横浜市は市民400万人であり、規模の大きさは論拠がない。

 第6に、保険料の設定に裁量権が大きくある市町村国保の多くは赤字(保険者の71.1%<07年度>)であり、財政的に破綻している。これを県単位にしたとしても、解決はしない。横浜市国保は、地方の県と匹敵する規模であるが赤字である。

 また保険料収納率は、中核都市や政令市など規模が大きくなるほど悪化しており、規模20万人以上の保険者では収納率9割を下回る保険者の割合が70.3%と、全体平均の16.4%<07年度>と大きく乖離している。規模の効率化は全く論拠がないのである。

 第7に、この再編について、大企業の健保組合や、国家公務員の共済組合は対象になっていない。これらの組合は、きわめて優良な財政運営をしており、患者の負担が少ない優遇措置がある。しかも、大企業100社は「保険者機能を推進する会」を結成し、医療機関に対し優位な立場を築こうと運動をしている。

 この抜けがけともいうべき、高みの見物について片山総務大臣も大臣就任前に国保と国家公務員共済の統合を昨年、日経新聞で述べているほどである。

 以上の指摘した事実より、次のような6年前に擁いた疑問は払拭どころか深まっている。

 

 つまりそれは、この医療保険再編は、①国が財政負担を軽くし、患者・国民、零細事業主、市町村、県におしつけるためだけのものではないか。②自律性の名目で、例えば、県外の医療サービスを受ける場合に制限がつけられるのではないか、③県単位の運営は誰がやるのか、ひょっとしたら、民間保険とほとんど同じなら、生保や損保会社に運営を任せるのではないか、④低い医療費で医療を提供する医療機関とのみ、保険者は契約をするようにならないか、その場合、医療の質や安全は大丈夫なのか、⑤公的な医療サービスは標準型のみとなり、あとは自腹を切るようにならないか、⑥財政運営の失敗はすでに予見されるが、深刻な失敗に終わった場合に、誰が医療を保障してくれるのか。

 動機が、医療費を抑える、だけに非常に不透明である。7年前、政管健保の県単位の分割と、老人医療の対象を75歳以上と決めたことは「画期的」と丹羽・自民党社会保障基本問題調査会会長が述べたことに、底意がみてとれる。

 本質的には、65歳以上が45.0%を占め、無職が55.4%(07年度)が占める市町村国保の構造的問題(*参考:08年からの後期高齢者医療制度の発足により09年度では65歳以上が31.4%、無職が39.6%)、に何ら手だてを講じず、医療費適正化のムチを打つ統合を進めても何ら問題の解決にはならないのである。

◆6つの提言と一本化に向けて

 この再編について、いくつかの提言をする。

 医療費は疾病が減らない限り減らない。また、団塊の世代に高齢化、高齢社会の突入で、医療費の増加傾向は必然的である。これを機械的に医療費を削減したり、財政論での収支の辻褄あわせをいくら弄しても何の解決にはならない。すでに厚労省は一本化の意志はない。地方分権、地域主権化の名の下、医療保障への国の責任を放棄しようとしている。

 われわれは、医療保険の一本化に向けて早急に舵を切るべきと考える。既に発表した、「医療政策提言」の中で提案した4点の方向性をここに挙げるとともに、この新制度提案にあたっての6点の提言をする。

 

<一本化の方向性>

① 被保険者は保険料を収入への定率比例で納入する。

② 事業主は事業規模(事業収益と雇用人員)に応じた累進的な保険料を納める。

③ 保険料徴収(納入)は職場または市町村を通じて行う。

④ 国庫は必要財源を完全に補填する形とし、都道府県・市町村の公費はその10%ずつとする。

<新制度案に対する提言>

1.2003年の閣議決定を撤回し、医療保険の県単位再編・統合の方針を見直す。大企業の組合健保、国家公務員共済の公民共済の出し抜けはさせない。

2.医療保険制度の一本化をする。それを目標化し、そのための準備をする。

3.国庫の投入を協会けんぽ20%、国保45%(医療費ベース)と過去水準に復元する。

4.問題の根本、低医療費政策を転換する。独仏水準の医療費を確保する。

5.実践的な経験や実証研究で成果のあった予防事業・保健事業への財源投入をする。

 ―久山町研究、八尾市の糖尿病管理、北海道瀬棚町の肺炎球菌ワクチンなどに学び広報する。

6.患者負担の解消を行い、早期発見・早期治療を保障する。

 ―当協会調査で経済的理由での治療中断は1割、受診抑制は3割に上る。結果的に病状悪化は医療経済上も悪影響がある。

 

2011年7月7日