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TOP > 神奈川県保険医協会とは > 私たちの考え > 2020/10/22 政策部長談話 「診療報酬の『単価補正支払い』は、奈良県の『単価引き上げ』提案と違う」

2020/10/22 政策部長談話 「診療報酬の『単価補正支払い』は、奈良県の『単価引き上げ』提案と違う」

診療報酬の「単価補正支払い」は、奈良県の「単価引き上げ」提案と違う

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


奈良県の提案に攪乱、翻弄された医療界の右顧左眄

 コロナ禍での保険収入の大幅減少による医療機関の経営悪化の救済へ、当協会は「診療報酬の単価補正支払い」を5月に提案した。その後、8月に奈良県が医療費適正化計画との関連で「単価引き上げ」提案したこともあり、医療界の一部より、「単価操作」への異常な批判が展開されるに至っている。奈良県の提案の限度と、全否定はできない企図に触れ、「単価」問題を解きたい。

告示改定による前年度水準保障 当協会の提案の概要と実現への要請努力

 当協会の「診療報酬の単価補正支払い」は、コロナ禍の医療機関の減収補填のため、診療報酬の「算定」単価と「支払い」単価を分離し、「保険収入(保険給付)」の減収分を「逆数値補正」した「支払い」単価を、有事限定の告示改定で適用させるものである。80/100への減収なら100/80の逆数値を使い1点10円×100/80=12.5円とし、「減収」医療機関毎に毎月変動補正単価とし、患者負担へは適用しない。全国統一の単価補正での地域群別、診療科別係数補正、固定費保障水準までの譲歩、新規開業機関の指標など次善策・修正案も示し、関係者や社会的合意の範囲での実施を促したものである。

 この間、自民党の要職者や厚労省とも懇談を重ね趣旨を説き、実現への尽力を要請してきてもいる。

奈良県の提案とは何か 高確法に依拠した一律単価引き上げ

 奈良県の提案は、調査で県内医療機関の医業収入が▲14.3%(5月診療分・前年対比)との結果を踏まえて、高齢者の医療の確保に関する法律(以下、高確法)の医療費適正化計画に則り地域の医療提供体制の適切な確保を図る観点で、「診療報酬の特例」の適用を国に8月28日に求めたものである。

 具体的には、コロナ感染症の収束までの「時限的措置」として1点11円への「単価引き上げ」を奈良県の全医療機関に一律的に適用することを提案している。患者負担が連動して上昇する影響は「やむを得ない」と示している。この11円は国保医療費推計と保険料財源の余剰、国保統一保険料水準との均衡、奈良県の第三期「医療費適正化計画」との整合を図り導き出されている。医療機関の類型ごとの係数補正、診療行為ごと専門科目ごとの差異の反映も選択肢として挙げている。

 奈良県はこれを高確法第13条による意見提出であり、第三期計画の期中でも医療介護連携政策課長通知(H30.3.29)により可能だとしている。これを巡り地域別診療報酬の導入につながるとし、地元はじめ全国の医療界から反発が出されているという状況となっている。

奈良県の「単価引き下げ」の顛末

「医療費に特異な増嵩が生じない限り」協定と不変の計画本文 

 「診療報酬の特例」は高確法第14条に規定されている。この制度の適用事例は現在までない。2018年3月に奈良県が「単価引き下げ」を盛り込んだ、第三期医療費適正化計画を発表したことで、注目が集まり、同年4月11日の財政制度等審議会で地域別診療報酬に関し「具体的に活用可能なメニュー」を国が示すべきとし、5月28日の社会保障制度改革推進会議などでも取り上げられ騒動化した。

 問題の部分は、奈良県の適正化計画の第4章「医療費目標の設定」の「2 目標設定の考え方」で、「医療費目標を達成できない場合において、本県の国民健康保険の保険料水準を引き上げるかどうかを検討する際は、県は、必要に応じて高齢者の医療の確保に関する法律第14条等に基づき、いわゆる地域別診療報酬の適用、すなわち本県における診療報酬について異なる定めを行うよう、意見を提出することを検討する方針です。(中略)仮に目標を上回る医療費となった場合には、同法第13条第1項に基づいて診療報酬に関する意見を提出し、同法第14条に基づいて診療報酬単価(1点10円)を一律に引き下げることを含めた診療報酬上の対応により、本県における国民健康保険の保険料水準 引上げを回避できる水準まで医療費水準を抑制していくことを検討します」となっている。

 これへ地元はじめ医療界全体からの強い反発があがり、結局、知事選挙も控えた政治状況もあり、18年12月に奈良県医師会と荒井正吾知事が「地域の医療費に特異な増嵩が生じない限り、奈良県で地域別診療報酬を下げることはない旨確認する」との協定を結び、落着という結末になっている。ただ、計画本文は当初のままである。

計画期中の意見提出は横紙破り

正当性のないものに医療界は幻惑されるべきではない 

 2018年5月28日の社会保障制度改革推進会議では奈良県から、計画期間中であっても、高確法第13条による「診療報酬に係る意見の提出」が行われるよう規定改正の要望が出ていた。

 高確法第13条は、1期6年の都道府県の医療費適正化計画の計画終了以降に目標達成状況の実績評価を踏まえ、次期計画の目標達成に必要な場合、保険者協議会の議論を経て診療報酬に関する意見を提出できるという内容である。医療介護連携政策課長通知(H30.3.29)(「第2期計画実績評価通知」)や第111回社会保障審議会医療保険部会(H30.4.19)でも改めて、第14条の「診療報酬の特例」へ至るまでと運用プロセスについて仔細に周知がなされている。それらを踏まえた上で奈良県から計画期中でも意見提出を可能として欲しいという旨の要望だった。

 それにもかかわらず、今回、計画期中で奈良県は意見提出をしている。その根拠として、先述の「第2期計画実績評価通知」と、更にもう一つの医療介護連携政策課長通知(R1.6.28)(「第3期PDCA管理通知」)を論拠に重ね、期中の意見提出の妥当性、正当性を唱えている。

 しかし、根拠としては失当している。前者は「計画終了後に、目標の達成状況を評価した結果に基づき」と意見提出の条件が明確に記されており、期中は不可である。後者も、PDCA管理の県内の連携体制として、計画の主務担当部署が国保・健康増進・薬務・医療政策・介護等の担当関係部署と連携し、進捗状況の把握・公表、必要な対策の検討を、と説いたものに過ぎない。拡大解釈の余地すらもない。

 通知原文にあたれば、詐術を弄していることは明白であり、不誠実である。そもそも計画「期中」での意見提出そのものが「無理筋」なのである。

奈良県は意見提出の範囲を超えられない 地域別診療報酬の主導権は厚労省 

 診療報酬の特例へ医療界には誤解が多い。これは、都道府県が意見提出をしたら地域別診療報酬が設定されるという筋合いのものではない。主導権、判断は厚労大臣、厚労省にあり、医療費適正化計画の目標達成への「必要性」が分岐となる。全国計画の実績評価を踏まえ、都道府県へ必要性確認の上で、厚労省が都道府県と協議し、中医協への諮問・答申を経て設定されるものである。しかも、医療費適正化や「適切な医療を各都道府県間において公平に提供する観点から見て合理的であると認められる範囲内」という制約がついている。過去に照らせば、老人保健法での一般と老人で部分的格差がついた老人診療報酬、特例許可老人病院の基準看護、頓挫した後期高齢者診療料のような範囲限定、部分的適用の形が、「限度」と想定される。つまり、逓減制の急傾斜化や項目包括であり、都道府県別に点数表が作成されるのではない。点数表の甲表・乙表の一本化の過去を顧みても範囲限定となる。

 昭和33年(1958年)の厚生白書で徒な単価の引き上げは点数表の矛盾を拡大すると釘を刺し、1963年に甲地・乙地の単価「地域差撤廃」以降の1点10円固定の歴史を踏まえれば、地域別診療報酬での単価格差導入は整合性・合理性を欠く。高度経済成長やバブル経済・地価高騰でも単価不変である。

2006年水田局長答弁で明確 適正化計画は総枠管理制への対抗装置

 医療費適正化計画は、財務省の医療費の総枠管理制(キャップ制)への対抗として盛り込まれた。その成否を軸に付加された診療報酬の特例は、ドイツの疾病金庫でかつて08年まで実施された点数単価切り下げで診療報酬総額と保険料の均衡を図ることを想定した枠組みでは毛頭ない。05年の医療保険部会で議論された医療保険制度改革試案が出自である。法案審議を前に医療制度改革大綱の説明で辻哲夫・審議官(当時)らが平均在院日数の短縮目標が達成できるようこの「特例」で支援することや、適正化計画で総額管理の再燃を牽制する旨を各所で言及している。

 2006年6月6日の参議院厚生労働委員会では水田邦雄・保険局長(当時)が第13条と第14条に関し明確に答弁をしている。第13条は「確認的規定」で「全国共通の診療報酬を定めるに当たっての配慮事項」を定めたもので、都道府県の意見を踏まえて診療報酬で医療費適正化計画を支援する「努力規定」としている。また第14条は「創設的規定」で、「全国共通の診療報酬の例外として都道府県ごとの特例」を定めたものであり、全国計画の実績評価の上で各都道府県の計画の実績評価を踏まえ「選定」し、全国的視点、県間バランスから見て「公平が担保」されるよう「厚労大臣」が提案するが、特例対象の関係都道府県の「知事の納得を得て」設定するとしている。

 更に両者は趣旨を異にしており、都道府県の関与の在り方が異なっていると明言し、診療報酬の例外設定は全国状況との比較を要するため、そこまで知事に委ねては過重負担となるとの判断があったと詳らかにしている。都道府県は意見提出にとどまり、それ以上ではないことは明白である。

医療費を「目標値化」した異例の奈良県計画

本来は「見込み」、「推計」 政策目標達成が主

 医療費適正化計画への誤解、不理解も多い。現在、第三期計画の期中だが、過去の第一期、第二期の計画のいずれも、医療費は「目標」化はされていない。政策目標を達成した際の結果としての「医療費の推計」「医療費の見込み」である。各々「基本的な方針」は厚労省のHPで確認できる。いま「目標」として都道府県計画で定めるものは、「健康保持の推進に関する目標」と「医療の効率的提供推進に関する目標」である。前者は特定健診・保健指導の実施率、メタボ該当者と予備群の減少率、たばこ対策、予防接種、生活習慣病等の重症化予防などの目標であり、後者は後発医薬品使用促進と医薬品適正使用推進の目標である。第二期までは平均在院日数の短縮があり、第一期には療養病床数削減が入っていた。神奈川県や東京都など全国の適正化計画はどこもこの基本的な方針に基づいている。

 しかし、奈良県の適正化計画は、医療費が「目標値」化され、各政策目標はその「手段」とされている。しかも、国保の医療費と財政見通しから目指すべき保険料水準との整合性のある医療費目標を設定したとしている。年平均の医療費の伸びは0.61%と「超低率」である。全国の医療費の伸びは平年で2.4%であり、今年度は1.7%想定なので、いかに異常に低い伸びなのかは一目瞭然である。

医療費の「統御」と、医療費水準「復元」のたたかい

本丸はPDCAサイクルの緻密化

 国保改革により、国民健康保険の財政運営の責任主体が都道府県となり、地域医療計画、地域医療構想など医療提供体制の責任主体である都道府県と一体となっている。そのため、医療保険と医療提供体制の責任主体の「発露」として、奈良県が「単価引き上げ」を提案し、全国規模の対応を国に求めたという側面がある。「患者負担が増額となり逆に受診抑制を招く」、「減収医療機関以外も適用となる」、「減収幅の格差に対応不能」など批判はあるが、「救済策」の点で全否定はできない部分はある。

 ただ、「医療費適正化計画」の枠組みの「範疇」からは先述のとおり外れている。素直に考えれば、保険料や国費・地方公費と均衡をとった医療費目標の設定を主軸に切り替え、「医療費適正化計画」を医療費の「統御」の仕組みとして稼働させ、換骨奪胎する「裏意図」が見えてくる。

 この奈良県の第三期計画は、財務省主計局の一松旬・主計官による出向時のものである。一松氏は過日10月14日の千葉市内の講演で、適正化計画に関し、「毎年度のPDCA管理が期待できない」「医療費の見込みが抑制的数値となっていない」とし「制度設計の見直しが必要」と問題提起をしている。奈良県の8月の意見書に同趣旨の文言が入っており、一松氏の関与が見て取れ裏意図が浮き立つ。補正予算や予備費などコロナ対応の公費支援はいずれ社会保障費圧縮圧力に転じる。その準備である。

医療費抑制は巧妙化 反発招く短絡的手法はとられない

巨額の減収は医療保険財政で補填を

 「単価引き下げ」は医療費抑制の「方法」、「戦術」に過ぎず、医療費抑制手段や地域別診療報酬に組み込むには現実的な障壁は高い。5年間で1.1兆円の社会保障関係費削減を掲げた小泉内閣が医療界の反発を受けたことを踏まえ、安倍内閣は削減の数値目標を隠し、小泉内閣に匹敵する医療費抑制を実現した。主たる方法は診療報酬のマイナス改定の連続化である。平明な手法は取られていない。

 医療費適正化計画に絡む、「期中の意見表明の実現」は、制度改変の策略の布石であり、これへの妥当認識や既成事実化の結果的容認は、「単価操作」に攪乱され右顧左眄するより、「危険」である。

 医療界は医療制度の仕組みや経緯、歴史を踏まえ対峙することが緊要であり、下手をすると深謀遠慮や計略を見誤り足をすくわれることになる。4~7月診療分の減収(支払基金)は診療所▲14.0%、歯科診療所▲6.4%、病院▲7.4%であり、これを年間減少幅とし計算すると、平均で保険収入の減少額は診療所▲1,447万円、歯科診療所▲266万円、病院▲2億円となる。無利子融資で当座資金繰りできても借金が嵩むだけであり、今後の増収の医業の見込みが立たなければ早晩、暗礁に乗り上げる。

 診療報酬の単価補正支払い実現で、迅速に医療機関経営の救済を図り、皆保険を守ることを求める。

2020年10月22日

診療報酬の「単価補正支払い」は、奈良県の「単価引き上げ」提案と違う

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


奈良県の提案に攪乱、翻弄された医療界の右顧左眄

 コロナ禍での保険収入の大幅減少による医療機関の経営悪化の救済へ、当協会は「診療報酬の単価補正支払い」を5月に提案した。その後、8月に奈良県が医療費適正化計画との関連で「単価引き上げ」提案したこともあり、医療界の一部より、「単価操作」への異常な批判が展開されるに至っている。奈良県の提案の限度と、全否定はできない企図に触れ、「単価」問題を解きたい。

告示改定による前年度水準保障 当協会の提案の概要と実現への要請努力

 当協会の「診療報酬の単価補正支払い」は、コロナ禍の医療機関の減収補填のため、診療報酬の「算定」単価と「支払い」単価を分離し、「保険収入(保険給付)」の減収分を「逆数値補正」した「支払い」単価を、有事限定の告示改定で適用させるものである。80/100への減収なら100/80の逆数値を使い1点10円×100/80=12.5円とし、「減収」医療機関毎に毎月変動補正単価とし、患者負担へは適用しない。全国統一の単価補正での地域群別、診療科別係数補正、固定費保障水準までの譲歩、新規開業機関の指標など次善策・修正案も示し、関係者や社会的合意の範囲での実施を促したものである。

 この間、自民党の要職者や厚労省とも懇談を重ね趣旨を説き、実現への尽力を要請してきてもいる。

奈良県の提案とは何か 高確法に依拠した一律単価引き上げ

 奈良県の提案は、調査で県内医療機関の医業収入が▲14.3%(5月診療分・前年対比)との結果を踏まえて、高齢者の医療の確保に関する法律(以下、高確法)の医療費適正化計画に則り地域の医療提供体制の適切な確保を図る観点で、「診療報酬の特例」の適用を国に8月28日に求めたものである。

 具体的には、コロナ感染症の収束までの「時限的措置」として1点11円への「単価引き上げ」を奈良県の全医療機関に一律的に適用することを提案している。患者負担が連動して上昇する影響は「やむを得ない」と示している。この11円は国保医療費推計と保険料財源の余剰、国保統一保険料水準との均衡、奈良県の第三期「医療費適正化計画」との整合を図り導き出されている。医療機関の類型ごとの係数補正、診療行為ごと専門科目ごとの差異の反映も選択肢として挙げている。

 奈良県はこれを高確法第13条による意見提出であり、第三期計画の期中でも医療介護連携政策課長通知(H30.3.29)により可能だとしている。これを巡り地域別診療報酬の導入につながるとし、地元はじめ全国の医療界から反発が出されているという状況となっている。

奈良県の「単価引き下げ」の顛末

「医療費に特異な増嵩が生じない限り」協定と不変の計画本文 

 「診療報酬の特例」は高確法第14条に規定されている。この制度の適用事例は現在までない。2018年3月に奈良県が「単価引き下げ」を盛り込んだ、第三期医療費適正化計画を発表したことで、注目が集まり、同年4月11日の財政制度等審議会で地域別診療報酬に関し「具体的に活用可能なメニュー」を国が示すべきとし、5月28日の社会保障制度改革推進会議などでも取り上げられ騒動化した。

 問題の部分は、奈良県の適正化計画の第4章「医療費目標の設定」の「2 目標設定の考え方」で、「医療費目標を達成できない場合において、本県の国民健康保険の保険料水準を引き上げるかどうかを検討する際は、県は、必要に応じて高齢者の医療の確保に関する法律第14条等に基づき、いわゆる地域別診療報酬の適用、すなわち本県における診療報酬について異なる定めを行うよう、意見を提出することを検討する方針です。(中略)仮に目標を上回る医療費となった場合には、同法第13条第1項に基づいて診療報酬に関する意見を提出し、同法第14条に基づいて診療報酬単価(1点10円)を一律に引き下げることを含めた診療報酬上の対応により、本県における国民健康保険の保険料水準 引上げを回避できる水準まで医療費水準を抑制していくことを検討します」となっている。

 これへ地元はじめ医療界全体からの強い反発があがり、結局、知事選挙も控えた政治状況もあり、18年12月に奈良県医師会と荒井正吾知事が「地域の医療費に特異な増嵩が生じない限り、奈良県で地域別診療報酬を下げることはない旨確認する」との協定を結び、落着という結末になっている。ただ、計画本文は当初のままである。

計画期中の意見提出は横紙破り

正当性のないものに医療界は幻惑されるべきではない 

 2018年5月28日の社会保障制度改革推進会議では奈良県から、計画期間中であっても、高確法第13条による「診療報酬に係る意見の提出」が行われるよう規定改正の要望が出ていた。

 高確法第13条は、1期6年の都道府県の医療費適正化計画の計画終了以降に目標達成状況の実績評価を踏まえ、次期計画の目標達成に必要な場合、保険者協議会の議論を経て診療報酬に関する意見を提出できるという内容である。医療介護連携政策課長通知(H30.3.29)(「第2期計画実績評価通知」)や第111回社会保障審議会医療保険部会(H30.4.19)でも改めて、第14条の「診療報酬の特例」へ至るまでと運用プロセスについて仔細に周知がなされている。それらを踏まえた上で奈良県から計画期中でも意見提出を可能として欲しいという旨の要望だった。

 それにもかかわらず、今回、計画期中で奈良県は意見提出をしている。その根拠として、先述の「第2期計画実績評価通知」と、更にもう一つの医療介護連携政策課長通知(R1.6.28)(「第3期PDCA管理通知」)を論拠に重ね、期中の意見提出の妥当性、正当性を唱えている。

 しかし、根拠としては失当している。前者は「計画終了後に、目標の達成状況を評価した結果に基づき」と意見提出の条件が明確に記されており、期中は不可である。後者も、PDCA管理の県内の連携体制として、計画の主務担当部署が国保・健康増進・薬務・医療政策・介護等の担当関係部署と連携し、進捗状況の把握・公表、必要な対策の検討を、と説いたものに過ぎない。拡大解釈の余地すらもない。

 通知原文にあたれば、詐術を弄していることは明白であり、不誠実である。そもそも計画「期中」での意見提出そのものが「無理筋」なのである。

奈良県は意見提出の範囲を超えられない 地域別診療報酬の主導権は厚労省 

 診療報酬の特例へ医療界には誤解が多い。これは、都道府県が意見提出をしたら地域別診療報酬が設定されるという筋合いのものではない。主導権、判断は厚労大臣、厚労省にあり、医療費適正化計画の目標達成への「必要性」が分岐となる。全国計画の実績評価を踏まえ、都道府県へ必要性確認の上で、厚労省が都道府県と協議し、中医協への諮問・答申を経て設定されるものである。しかも、医療費適正化や「適切な医療を各都道府県間において公平に提供する観点から見て合理的であると認められる範囲内」という制約がついている。過去に照らせば、老人保健法での一般と老人で部分的格差がついた老人診療報酬、特例許可老人病院の基準看護、頓挫した後期高齢者診療料のような範囲限定、部分的適用の形が、「限度」と想定される。つまり、逓減制の急傾斜化や項目包括であり、都道府県別に点数表が作成されるのではない。点数表の甲表・乙表の一本化の過去を顧みても範囲限定となる。

 昭和33年(1958年)の厚生白書で徒な単価の引き上げは点数表の矛盾を拡大すると釘を刺し、1963年に甲地・乙地の単価「地域差撤廃」以降の1点10円固定の歴史を踏まえれば、地域別診療報酬での単価格差導入は整合性・合理性を欠く。高度経済成長やバブル経済・地価高騰でも単価不変である。

2006年水田局長答弁で明確 適正化計画は総枠管理制への対抗装置

 医療費適正化計画は、財務省の医療費の総枠管理制(キャップ制)への対抗として盛り込まれた。その成否を軸に付加された診療報酬の特例は、ドイツの疾病金庫でかつて08年まで実施された点数単価切り下げで診療報酬総額と保険料の均衡を図ることを想定した枠組みでは毛頭ない。05年の医療保険部会で議論された医療保険制度改革試案が出自である。法案審議を前に医療制度改革大綱の説明で辻哲夫・審議官(当時)らが平均在院日数の短縮目標が達成できるようこの「特例」で支援することや、適正化計画で総額管理の再燃を牽制する旨を各所で言及している。

 2006年6月6日の参議院厚生労働委員会では水田邦雄・保険局長(当時)が第13条と第14条に関し明確に答弁をしている。第13条は「確認的規定」で「全国共通の診療報酬を定めるに当たっての配慮事項」を定めたもので、都道府県の意見を踏まえて診療報酬で医療費適正化計画を支援する「努力規定」としている。また第14条は「創設的規定」で、「全国共通の診療報酬の例外として都道府県ごとの特例」を定めたものであり、全国計画の実績評価の上で各都道府県の計画の実績評価を踏まえ「選定」し、全国的視点、県間バランスから見て「公平が担保」されるよう「厚労大臣」が提案するが、特例対象の関係都道府県の「知事の納得を得て」設定するとしている。

 更に両者は趣旨を異にしており、都道府県の関与の在り方が異なっていると明言し、診療報酬の例外設定は全国状況との比較を要するため、そこまで知事に委ねては過重負担となるとの判断があったと詳らかにしている。都道府県は意見提出にとどまり、それ以上ではないことは明白である。

医療費を「目標値化」した異例の奈良県計画

本来は「見込み」、「推計」 政策目標達成が主

 医療費適正化計画への誤解、不理解も多い。現在、第三期計画の期中だが、過去の第一期、第二期の計画のいずれも、医療費は「目標」化はされていない。政策目標を達成した際の結果としての「医療費の推計」「医療費の見込み」である。各々「基本的な方針」は厚労省のHPで確認できる。いま「目標」として都道府県計画で定めるものは、「健康保持の推進に関する目標」と「医療の効率的提供推進に関する目標」である。前者は特定健診・保健指導の実施率、メタボ該当者と予備群の減少率、たばこ対策、予防接種、生活習慣病等の重症化予防などの目標であり、後者は後発医薬品使用促進と医薬品適正使用推進の目標である。第二期までは平均在院日数の短縮があり、第一期には療養病床数削減が入っていた。神奈川県や東京都など全国の適正化計画はどこもこの基本的な方針に基づいている。

 しかし、奈良県の適正化計画は、医療費が「目標値」化され、各政策目標はその「手段」とされている。しかも、国保の医療費と財政見通しから目指すべき保険料水準との整合性のある医療費目標を設定したとしている。年平均の医療費の伸びは0.61%と「超低率」である。全国の医療費の伸びは平年で2.4%であり、今年度は1.7%想定なので、いかに異常に低い伸びなのかは一目瞭然である。

医療費の「統御」と、医療費水準「復元」のたたかい

本丸はPDCAサイクルの緻密化

 国保改革により、国民健康保険の財政運営の責任主体が都道府県となり、地域医療計画、地域医療構想など医療提供体制の責任主体である都道府県と一体となっている。そのため、医療保険と医療提供体制の責任主体の「発露」として、奈良県が「単価引き上げ」を提案し、全国規模の対応を国に求めたという側面がある。「患者負担が増額となり逆に受診抑制を招く」、「減収医療機関以外も適用となる」、「減収幅の格差に対応不能」など批判はあるが、「救済策」の点で全否定はできない部分はある。

 ただ、「医療費適正化計画」の枠組みの「範疇」からは先述のとおり外れている。素直に考えれば、保険料や国費・地方公費と均衡をとった医療費目標の設定を主軸に切り替え、「医療費適正化計画」を医療費の「統御」の仕組みとして稼働させ、換骨奪胎する「裏意図」が見えてくる。

 この奈良県の第三期計画は、財務省主計局の一松旬・主計官による出向時のものである。一松氏は過日10月14日の千葉市内の講演で、適正化計画に関し、「毎年度のPDCA管理が期待できない」「医療費の見込みが抑制的数値となっていない」とし「制度設計の見直しが必要」と問題提起をしている。奈良県の8月の意見書に同趣旨の文言が入っており、一松氏の関与が見て取れ裏意図が浮き立つ。補正予算や予備費などコロナ対応の公費支援はいずれ社会保障費圧縮圧力に転じる。その準備である。

医療費抑制は巧妙化 反発招く短絡的手法はとられない

巨額の減収は医療保険財政で補填を

 「単価引き下げ」は医療費抑制の「方法」、「戦術」に過ぎず、医療費抑制手段や地域別診療報酬に組み込むには現実的な障壁は高い。5年間で1.1兆円の社会保障関係費削減を掲げた小泉内閣が医療界の反発を受けたことを踏まえ、安倍内閣は削減の数値目標を隠し、小泉内閣に匹敵する医療費抑制を実現した。主たる方法は診療報酬のマイナス改定の連続化である。平明な手法は取られていない。

 医療費適正化計画に絡む、「期中の意見表明の実現」は、制度改変の策略の布石であり、これへの妥当認識や既成事実化の結果的容認は、「単価操作」に攪乱され右顧左眄するより、「危険」である。

 医療界は医療制度の仕組みや経緯、歴史を踏まえ対峙することが緊要であり、下手をすると深謀遠慮や計略を見誤り足をすくわれることになる。4~7月診療分の減収(支払基金)は診療所▲14.0%、歯科診療所▲6.4%、病院▲7.4%であり、これを年間減少幅とし計算すると、平均で保険収入の減少額は診療所▲1,447万円、歯科診療所▲266万円、病院▲2億円となる。無利子融資で当座資金繰りできても借金が嵩むだけであり、今後の増収の医業の見込みが立たなければ早晩、暗礁に乗り上げる。

 診療報酬の単価補正支払い実現で、迅速に医療機関経営の救済を図り、皆保険を守ることを求める。

2020年10月22日