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2016/9/28 政策部長談話「一部週刊誌の医薬品否定等報道の現場影響を危惧する 処方介入、医薬品の保険外しの布石、国民意識への沈澱を憂う」

一部週刊誌の医薬品否定等報道の現場影響を危惧する

処方介入、医薬品の保険外しの布石、国民意識への沈澱を憂う

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 今年の春以降、一部週刊誌で執拗に、医薬品等の否定報道が繰り返されている。すでに少なからぬ影響が医療現場では出ており、われわれは問題視している。しかも、この動きは1997年の事実無根の不正請求報道と相まった患者負担増等の医療改革を想起させ、二重写しの感がある。報道への懸念を示すとともに、今後の世論の動向と医療改革の進捗に関し、医療界は警戒が必要だと考えている。

◆医療不信煽る報道に重なる医療制度改革 大鉈振るった20年前を想起させる世相

 医療・医学の発展・検証に関する、医療・医学の建設的な論争を拒否するものではない。報道を契機とした率直な患者の疑問への対応や、患者とのコミュニケーション機会の増加との前向きな効用を否定するものでもない。しかし、不十分な記事により、徒に患者の不安を煽り、マスコミ報道を信頼、絶対視する患者による頑なな服薬の拒否などによって、治療上の後戻りや、治療中断などを惹起するに至っては、その「責任」も含め問題が大きい。説明を重ね、服薬中止の危険性を説き、週刊誌が責任はとってくれない旨を話すなど現場は苦慮している。報道記事を実際に読んだりしていなくとも、新聞や電車内の広告の見出しを目にし、不安を覚える患者が後を絶たず、医療現場で3割の影響とも、報じられている (*1) 。報道の影響の拡大を非常に危惧する。

(*1) 週刊朝日 2016年8月26日号『週刊誌の医療批判報道 約3割は診療現場に「影響出ている」』

 この医療報道の苛烈ぶりは、かつて1997年に「不正請求9兆円」との荒唐無稽な報道が、雑誌『世界』の掲載記事を発端に (*2) 、雪崩を打つようになされた過去と、酷似、二重写しの感がある。経済と医療費との調和を眼目とする医療保険審議会「建議書」(96.11.27)をうけ、97年9月には患者負担2割導入を柱とする医療改革が実施され、その翌年98年には診療報酬のマイナス改定(▲1.3%)が84年来、初めて実施されている。不正請求報道は、政治問題となり国会で取り上げられ、厚生省の保険長により否定されている (*3) 。医療・医学的見解の差異による診療報酬の査定や保険資格喪失・事務上の記入ミスによる過誤調整の数値を誤解・曲解して弾かれた9兆円であり、これは当時の国民医療費27兆円の1/3相当で高齢者の医療費規模に匹敵する数字である。高圧的な個別指導により保険医の自殺まで引き起こす行政指導の下、常識的にありえない数字である。この「9兆円」が独り歩きをし、「連合」の不正請求一掃運動なども相次ぎ、医療不信が醸成されていき、その社会的な雰囲気を背に医療改革が断行されていったのである。

(*2) 雑誌『世界』1997年9月号・10月号「医療費値上げの前に必要なこと」(ルポライター・岩上安身氏)

(*3) 1997年11月5日 第141回国会衆議院決算委員会

  

◆降圧薬ARBがターゲット 処方ルール設定に予算編成「建議」、「骨太2016」で言及

 この間、診療報酬改定で、うがい薬、漢方、湿布薬の保険外しが取り沙汰され、一部は実施をされてきた。またジェネリック使用促進のもと強力に、先発品と同一ではないのに「同等」とする政策誘導が推進され、薬剤師による処方薬変更を可能とする保険医の処方権侵害まがいのことも認められてきた。また健康サポート薬局の創設や血液などの自己採取検査ビジネスの検体測定室の拡大など、病気の際に医療機関よりもまずは薬局への流れも見え隠れしている。

 この事態に加えて、昨年4月に財政制度等審議会で、「生活習慣病治療薬の処方のあり方」と題し高血圧の医薬品の処方への介入を意図した資料が出されて以降、動きが本格化している。資料では、「我が国では高価な降圧薬(ARB系)が多く処方されている。費用対効果による評価やそれに基づく処方ルールの明確化や価格付けのあり方等について検討が必要」とし、日本とイギリスの高血圧薬使用のガイドラインの対比・相違が示された。これは専門家による民族的、生活習慣的、遺伝・体質的考慮によるガイドライン作成の差異を度外視し金額ベースに議論をすり替えたものである。が、「平成28年度の予算編成等に関する建議」の社会保障に関する「給付の適正化」に盛り込まれ、「費用対効果評価の枠組みを速やかに本格導入していくべき」、「こうした枠組みの導入と並行して、高価な医薬品が多く処方される現状にある生活習慣病治療薬等について処方ルールを設定し、保険給付の適正化を図っていくべき」とされた。

 しかも、「骨太方針2016」では「本年度より検討を開始し、平成29年度中に結論を得る」とされている。この資料が、今年9月の自民党の小委員会や、政府の経済財政諮問会議等でも供覧されてきたのである。

◆学会ガイドラインに重ねる政府の処方ルール策定に反対 疾病治療の責任を負うのは医師の本分

 来年度、診療報酬改定はないが、果たして次期改定に向け、一部週刊誌での医薬品等否定の報道が、国民意識に沈殿し影響しないと誰が言えよう。「医薬品の保険外し」から、「医療機関からの医療外し」「医師の裁量権への介入」と、進みつつある。杞憂であればよいが、公式の会議で俎上にあがっている話である。

 疾病治療の責務を負うのは医師であり、個々の患者にベストな薬剤を処方する責任がある。非医療者や専門分野外からの処方ルールの強要は論外である。事故の際に責任は国がとれるのであろうか。また疾病治療の費用対効果の導入にしても、比較薬剤間に同等の治療効果が認められるエビデンスの存在が必要であり、そもそも医療に費用対効果の考えを持ち込むことに非常に強い違和感を覚える。

 良質な医療が患者個々の健康寿命を延伸し、個人の労働所得の向上、ひいては購買力の向上、経済の好循環をもたらし、税収増加につながっていく。このようなミクロの目先の医療費削減の考え方は、結局は国の在り方を危うくする。

 われわれは、この一連の報道の影響と今後の施策の展開への警戒を強く示すものである。

2016年9月28日

<参考>「骨太の方針2016」

◆経済財政運営と改革の基本方針2016について(平成28年6月2日閣議決定) <抜粋 下線は当協会>

第3章 経済・財政一体改革の推進

5 主要分野ごとの取組

(1) 社会保障

ⅰ 医療

(医療費適正化計画の策定、地域医療構想の策定等による取組推進)

 「経済・財政再生計画」が目指す医療費の地域差の半減に向け、医療費適正化基本方針に係る追加検討を進め、地域医療構想に基づく病床機能の分化及び連携の推進の成果等を反映させる入院医療費の具体的な推計方法や、医療費適正化の取組とその効果に関する分析を踏まえた入院外医療費の具体的な推計方法及び医療費適正化に係る具体的な取組内容を、本年夏頃までに示す。医療費適正化計画においては、後発医薬品の使用割合を80%以上とすることに向けた後発医薬品の使用促進策について記載するとともに、重複投薬の是正に関する目標やたばこ対策に関する目標、予防接種の普及啓発施策に関する目標等の設定を行い、取組を推進する。

 医薬品の適正使用の観点から、複数種類の医薬品処方の適正化の取組等を実施する。また、費用対効果評価の導入と併せ、革新的医薬品等の使用の最適化推進を図るとともに、生活習慣病治療薬等の処方の在り方等について本年度より検討を開始し、平成29年度中に結論を得る。

◆財政制度等審議会・財政制度分科会(2015年4月27日)資料

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一部週刊誌の医薬品否定等報道の現場影響を危惧する

処方介入、医薬品の保険外しの布石、国民意識への沈澱を憂う

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 今年の春以降、一部週刊誌で執拗に、医薬品等の否定報道が繰り返されている。すでに少なからぬ影響が医療現場では出ており、われわれは問題視している。しかも、この動きは1997年の事実無根の不正請求報道と相まった患者負担増等の医療改革を想起させ、二重写しの感がある。報道への懸念を示すとともに、今後の世論の動向と医療改革の進捗に関し、医療界は警戒が必要だと考えている。

◆医療不信煽る報道に重なる医療制度改革 大鉈振るった20年前を想起させる世相

 医療・医学の発展・検証に関する、医療・医学の建設的な論争を拒否するものではない。報道を契機とした率直な患者の疑問への対応や、患者とのコミュニケーション機会の増加との前向きな効用を否定するものでもない。しかし、不十分な記事により、徒に患者の不安を煽り、マスコミ報道を信頼、絶対視する患者による頑なな服薬の拒否などによって、治療上の後戻りや、治療中断などを惹起するに至っては、その「責任」も含め問題が大きい。説明を重ね、服薬中止の危険性を説き、週刊誌が責任はとってくれない旨を話すなど現場は苦慮している。報道記事を実際に読んだりしていなくとも、新聞や電車内の広告の見出しを目にし、不安を覚える患者が後を絶たず、医療現場で3割の影響とも、報じられている (*1) 。報道の影響の拡大を非常に危惧する。

(*1) 週刊朝日 2016年8月26日号『週刊誌の医療批判報道 約3割は診療現場に「影響出ている」』

 この医療報道の苛烈ぶりは、かつて1997年に「不正請求9兆円」との荒唐無稽な報道が、雑誌『世界』の掲載記事を発端に (*2) 、雪崩を打つようになされた過去と、酷似、二重写しの感がある。経済と医療費との調和を眼目とする医療保険審議会「建議書」(96.11.27)をうけ、97年9月には患者負担2割導入を柱とする医療改革が実施され、その翌年98年には診療報酬のマイナス改定(▲1.3%)が84年来、初めて実施されている。不正請求報道は、政治問題となり国会で取り上げられ、厚生省の保険長により否定されている (*3) 。医療・医学的見解の差異による診療報酬の査定や保険資格喪失・事務上の記入ミスによる過誤調整の数値を誤解・曲解して弾かれた9兆円であり、これは当時の国民医療費27兆円の1/3相当で高齢者の医療費規模に匹敵する数字である。高圧的な個別指導により保険医の自殺まで引き起こす行政指導の下、常識的にありえない数字である。この「9兆円」が独り歩きをし、「連合」の不正請求一掃運動なども相次ぎ、医療不信が醸成されていき、その社会的な雰囲気を背に医療改革が断行されていったのである。

(*2) 雑誌『世界』1997年9月号・10月号「医療費値上げの前に必要なこと」(ルポライター・岩上安身氏)

(*3) 1997年11月5日 第141回国会衆議院決算委員会

  

◆降圧薬ARBがターゲット 処方ルール設定に予算編成「建議」、「骨太2016」で言及

 この間、診療報酬改定で、うがい薬、漢方、湿布薬の保険外しが取り沙汰され、一部は実施をされてきた。またジェネリック使用促進のもと強力に、先発品と同一ではないのに「同等」とする政策誘導が推進され、薬剤師による処方薬変更を可能とする保険医の処方権侵害まがいのことも認められてきた。また健康サポート薬局の創設や血液などの自己採取検査ビジネスの検体測定室の拡大など、病気の際に医療機関よりもまずは薬局への流れも見え隠れしている。

 この事態に加えて、昨年4月に財政制度等審議会で、「生活習慣病治療薬の処方のあり方」と題し高血圧の医薬品の処方への介入を意図した資料が出されて以降、動きが本格化している。資料では、「我が国では高価な降圧薬(ARB系)が多く処方されている。費用対効果による評価やそれに基づく処方ルールの明確化や価格付けのあり方等について検討が必要」とし、日本とイギリスの高血圧薬使用のガイドラインの対比・相違が示された。これは専門家による民族的、生活習慣的、遺伝・体質的考慮によるガイドライン作成の差異を度外視し金額ベースに議論をすり替えたものである。が、「平成28年度の予算編成等に関する建議」の社会保障に関する「給付の適正化」に盛り込まれ、「費用対効果評価の枠組みを速やかに本格導入していくべき」、「こうした枠組みの導入と並行して、高価な医薬品が多く処方される現状にある生活習慣病治療薬等について処方ルールを設定し、保険給付の適正化を図っていくべき」とされた。

 しかも、「骨太方針2016」では「本年度より検討を開始し、平成29年度中に結論を得る」とされている。この資料が、今年9月の自民党の小委員会や、政府の経済財政諮問会議等でも供覧されてきたのである。

◆学会ガイドラインに重ねる政府の処方ルール策定に反対 疾病治療の責任を負うのは医師の本分

 来年度、診療報酬改定はないが、果たして次期改定に向け、一部週刊誌での医薬品等否定の報道が、国民意識に沈殿し影響しないと誰が言えよう。「医薬品の保険外し」から、「医療機関からの医療外し」「医師の裁量権への介入」と、進みつつある。杞憂であればよいが、公式の会議で俎上にあがっている話である。

 疾病治療の責務を負うのは医師であり、個々の患者にベストな薬剤を処方する責任がある。非医療者や専門分野外からの処方ルールの強要は論外である。事故の際に責任は国がとれるのであろうか。また疾病治療の費用対効果の導入にしても、比較薬剤間に同等の治療効果が認められるエビデンスの存在が必要であり、そもそも医療に費用対効果の考えを持ち込むことに非常に強い違和感を覚える。

 良質な医療が患者個々の健康寿命を延伸し、個人の労働所得の向上、ひいては購買力の向上、経済の好循環をもたらし、税収増加につながっていく。このようなミクロの目先の医療費削減の考え方は、結局は国の在り方を危うくする。

 われわれは、この一連の報道の影響と今後の施策の展開への警戒を強く示すものである。

2016年9月28日

<参考>「骨太の方針2016」

◆経済財政運営と改革の基本方針2016について(平成28年6月2日閣議決定) <抜粋 下線は当協会>

第3章 経済・財政一体改革の推進

5 主要分野ごとの取組

(1) 社会保障

ⅰ 医療

(医療費適正化計画の策定、地域医療構想の策定等による取組推進)

 「経済・財政再生計画」が目指す医療費の地域差の半減に向け、医療費適正化基本方針に係る追加検討を進め、地域医療構想に基づく病床機能の分化及び連携の推進の成果等を反映させる入院医療費の具体的な推計方法や、医療費適正化の取組とその効果に関する分析を踏まえた入院外医療費の具体的な推計方法及び医療費適正化に係る具体的な取組内容を、本年夏頃までに示す。医療費適正化計画においては、後発医薬品の使用割合を80%以上とすることに向けた後発医薬品の使用促進策について記載するとともに、重複投薬の是正に関する目標やたばこ対策に関する目標、予防接種の普及啓発施策に関する目標等の設定を行い、取組を推進する。

 医薬品の適正使用の観点から、複数種類の医薬品処方の適正化の取組等を実施する。また、費用対効果評価の導入と併せ、革新的医薬品等の使用の最適化推進を図るとともに、生活習慣病治療薬等の処方の在り方等について本年度より検討を開始し、平成29年度中に結論を得る。

◆財政制度等審議会・財政制度分科会(2015年4月27日)資料

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