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2010/11/16 政策部長談話「これは現代の『731部隊』ではないのか 無原則に拡大する混合診療をなぜ医療界は許すのか?」

これは現代の「731部隊」ではないのか

無原則に拡大する混合診療をなぜ医療界は許すのか?

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 11月10日、中医協で高度医療評価制度の実施手続きを大幅に緩和し、安全性・有効性の未確立な医療技術や医薬品、医療機器を、積極的に保険診療と併用させる提案がなされた。これは、いわゆる混合診療の無原則化、全面展開に大きく舵を切ることであり、高度医療、先端医療の美名の下、医師主導の臨床試験への医療保険財源の流用を加速させ、医療保険制度の形骸化とGCP基準に則らない臨床試験の横行を許し、被験者保護のヘルシンキ宣言の精神を蹂躙する。まさに戦時中の秘密軍医部隊による人体実験、「731部隊」さえも彷彿させる事態となる。われわれは、この無原則的な混合診療の拡大に断固抗議するとともに、医療界が高い関心を払うことを強く望む。

 

 混合診療はいま「保険外併用療養」という名前で制度化されている。当初、この前身の「特定療養費」では保険導入までのタイムラグをつなぐ"孵化器"の役割を担い、安全性・有効性が確立されたものの、普及度、技術の成熟度、経済性などの理由で、保険導入に至らない医療技術や医薬品、医療機器について、医療保険との併用が認められていたものである。

 医薬品や医療機器の有効性と安全性は、治験を終え薬事法の製造販売に関し国が承認して初めて確立される。未承認とは、この部分が欠落しているのであり、治験は安全性・有効性の担保措置である。保険診療は最適最善の医療保障を法で約束しており、よって安全性・有効性の確立した医療を提供の対象とし、療養担当規則18条で特殊療法を禁じている。

 

 しかし、2004年秋の混合診療解禁騒動を経て状況が一変した。保険外の医療技術・医薬品などほとんどのニーズに対応する制度として「保険外併用療養」が制度化され、05年に治験段階にある未承認薬と医療保険との併用が認められる。次いで06年には旧・高度先進医療と先進医療を統合する際に、高度先進医療での薬事法上の未承認薬や適用外使用が発覚し、未承認薬は治験・承認申請を前提に、適用外は治験に集積データが連動しない「臨床的な使用確認試験」を条件に、時限的な先進医療として存続。07年12月は当時の舛添厚労大臣の下、未承認薬を用いた先進医療と保険診療の併用を認めると、岸田規制改革担当大臣と合意。それまでの、医薬品・医療機器の未承認や適用外使用と保険診療の併用を認めないとする05年6月の課長通知を反故にし、「臨床的な使用確認試験」の枠組みを基に、07年4月に「高度医療評価制度」が誕生し第3項先進医療として保険外併用の対象となった。

 

 この制度は、GCP基準に則らず、治験抜きで、未承認の医薬品・医療機器や、適用外の医薬品・医療機器を保険診療と併用できる仕組みであり、これにより臨床試験のダブルスタンダード化となった。この臨床試験で集積されたデータは、GCP基準に則らないため製造販売のための治験データとして活用はできない。つまり、このことは未承認薬の承認やその先の保険導入には連動していかないことを意味する。また保険外併用療養とは、患者が保険診療の負担とは別に保険外の自由料金を自費で負担するものであり、自費負担が固定化する。経済的にも公定価格の保険診療より自費負担は高く言い値で設定できるため、治験が前提とされなければ費用回収の必要もなく、保険導入の誘因がない。

 当然、高額な自費料金を支払えない患者はこの保険外併用療養は受けられないが、階層消費どころか、希望者にとって有効性・安全性が未確立なものの混合診療は「自己責任」型の混合診療となる。

 この高度医療評価制度を逆に見れば、GCP基準の下にない、医師主導の臨床研究への保険診療の財政投入となる。現に、アカデミズムの職にある立場の人間が、製薬企業の治験に保険財政が投入されていたものがこの制度で臨床研究にも投入されるようになったと活用を呼びかけてさえいる。

 

 以上にみるように、これは2004年当時、医療の階層消費、保険制度の形骸化、新規の医療技術・医薬品の保険未導入の固定化、安全性・有効性の未確立な医療の保険診療への浸食など、その危険性を危惧し医療界がこぞって反対し、国会の衆参両院で反対決議された混合診療そのものである。

 保険外併用療養に関し、医療界で「寝た子を起こすな」とばかりに話題にしない向きもあるが、制度導入以降、現実はここまで掘り崩されているのである。混合診療の推進派は04年の騒動を教訓に話を複雑化しわからなくしたのである。そしていま、これだけにとどまらない事態に進もうとしている。

 

 高度医療評価制度は、現在、実施計画書とともに実施技術、実施医療機関に関し、高度医療評価会議と先進医療専門家会議で個別に審査し厚労大臣が承認をしている。11月10日の中医協では、この大臣の個別承認を省略し、未承認薬・適応外薬検討会議で「医療上必要性が高い」と認めた医薬品について、事前に登録した実施可能医療機関群から申請があれば実施計画書の適否のみを判断し承認をすることが提案された。またこの適否の判断を東大医科研などの研究所機能をもつ高度ながん専門医療を提供する医療機関におこなわせることや、先進医療も含め高度医療に関し、実施申請前であっても保険診療との併用を認めることが提案されている。

 

 高度医療評価制度は、大学病院を中心に利用されており08年にはこれを後押しするため、科学研究費の自由な活用や、特許の超早期申請などの特例を与える「スーパー特区」がつくられてもいる。

 つまり、今回の中医協での提案は、完全なる治験の空洞化と、大学病院を中心に相当程度のフリーハンドの混合診療を可能とすることなる。いわば、好き勝手に混合診療ができることになる。

 現在、未承認・適用外の医薬品・医療機器を使った「高度医療」は31件が保険診療との混合診療になっている。その中の久留米大で認められたがんペプチドは全くの新薬の未承認薬を用いる混合診療である。

 有効性・安全性の担保はすでに決壊し、未確立なものがやすやすと混合診療となり、この無原則化は泥沼化しつつある。もはやヘルシンキ宣言の蹂躙、人体実験のそしりはまぬがれないのではないか。われわれには現代の731部隊のようにさえ思える。

 

 保険診療の世界では、省令、通知により微に入り、細に入り多くの規定と制約の下で、第一線の医療機関は精一杯、患者と向きあい治療をしている。このルールの順守を巡る行政当局の指導・監査の人権蹂躙により、数少なくない自殺者が後を絶たず、生殺与奪の権を握られ戦々恐々とする現場で、われわれは保険診療を守っている。連綿と続く低医療費政策の下でも、混合診療の誘惑に応じていない。

 これら混合診療はアカデミズムが率先、先導してきたが、並走して民間保険は自由診療保険のメディコムや先進医療保険など堅調に業績をあげてきた。04年当時、表舞台で「解禁」を叫んでいた産業界の面々は、裏に潜んだだけである。高度医療評価制度は即刻、廃止すべきだ。

 

 医療の倫理が、ほんとうにいま問われている。われわれ日本の医師は医の倫理を語るとき、731部隊の悲しい所業に思いを至さなければならない。一笑に付すことは簡単である。この暴走をとめるため医療界の勇気と発言を強く望む。 

2010年11月16

 

これは現代の「731部隊」ではないのか

無原則に拡大する混合診療をなぜ医療界は許すのか?

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 11月10日、中医協で高度医療評価制度の実施手続きを大幅に緩和し、安全性・有効性の未確立な医療技術や医薬品、医療機器を、積極的に保険診療と併用させる提案がなされた。これは、いわゆる混合診療の無原則化、全面展開に大きく舵を切ることであり、高度医療、先端医療の美名の下、医師主導の臨床試験への医療保険財源の流用を加速させ、医療保険制度の形骸化とGCP基準に則らない臨床試験の横行を許し、被験者保護のヘルシンキ宣言の精神を蹂躙する。まさに戦時中の秘密軍医部隊による人体実験、「731部隊」さえも彷彿させる事態となる。われわれは、この無原則的な混合診療の拡大に断固抗議するとともに、医療界が高い関心を払うことを強く望む。

 

 混合診療はいま「保険外併用療養」という名前で制度化されている。当初、この前身の「特定療養費」では保険導入までのタイムラグをつなぐ"孵化器"の役割を担い、安全性・有効性が確立されたものの、普及度、技術の成熟度、経済性などの理由で、保険導入に至らない医療技術や医薬品、医療機器について、医療保険との併用が認められていたものである。

 医薬品や医療機器の有効性と安全性は、治験を終え薬事法の製造販売に関し国が承認して初めて確立される。未承認とは、この部分が欠落しているのであり、治験は安全性・有効性の担保措置である。保険診療は最適最善の医療保障を法で約束しており、よって安全性・有効性の確立した医療を提供の対象とし、療養担当規則18条で特殊療法を禁じている。

 

 しかし、2004年秋の混合診療解禁騒動を経て状況が一変した。保険外の医療技術・医薬品などほとんどのニーズに対応する制度として「保険外併用療養」が制度化され、05年に治験段階にある未承認薬と医療保険との併用が認められる。次いで06年には旧・高度先進医療と先進医療を統合する際に、高度先進医療での薬事法上の未承認薬や適用外使用が発覚し、未承認薬は治験・承認申請を前提に、適用外は治験に集積データが連動しない「臨床的な使用確認試験」を条件に、時限的な先進医療として存続。07年12月は当時の舛添厚労大臣の下、未承認薬を用いた先進医療と保険診療の併用を認めると、岸田規制改革担当大臣と合意。それまでの、医薬品・医療機器の未承認や適用外使用と保険診療の併用を認めないとする05年6月の課長通知を反故にし、「臨床的な使用確認試験」の枠組みを基に、07年4月に「高度医療評価制度」が誕生し第3項先進医療として保険外併用の対象となった。

 

 この制度は、GCP基準に則らず、治験抜きで、未承認の医薬品・医療機器や、適用外の医薬品・医療機器を保険診療と併用できる仕組みであり、これにより臨床試験のダブルスタンダード化となった。この臨床試験で集積されたデータは、GCP基準に則らないため製造販売のための治験データとして活用はできない。つまり、このことは未承認薬の承認やその先の保険導入には連動していかないことを意味する。また保険外併用療養とは、患者が保険診療の負担とは別に保険外の自由料金を自費で負担するものであり、自費負担が固定化する。経済的にも公定価格の保険診療より自費負担は高く言い値で設定できるため、治験が前提とされなければ費用回収の必要もなく、保険導入の誘因がない。

 当然、高額な自費料金を支払えない患者はこの保険外併用療養は受けられないが、階層消費どころか、希望者にとって有効性・安全性が未確立なものの混合診療は「自己責任」型の混合診療となる。

 この高度医療評価制度を逆に見れば、GCP基準の下にない、医師主導の臨床研究への保険診療の財政投入となる。現に、アカデミズムの職にある立場の人間が、製薬企業の治験に保険財政が投入されていたものがこの制度で臨床研究にも投入されるようになったと活用を呼びかけてさえいる。

 

 以上にみるように、これは2004年当時、医療の階層消費、保険制度の形骸化、新規の医療技術・医薬品の保険未導入の固定化、安全性・有効性の未確立な医療の保険診療への浸食など、その危険性を危惧し医療界がこぞって反対し、国会の衆参両院で反対決議された混合診療そのものである。

 保険外併用療養に関し、医療界で「寝た子を起こすな」とばかりに話題にしない向きもあるが、制度導入以降、現実はここまで掘り崩されているのである。混合診療の推進派は04年の騒動を教訓に話を複雑化しわからなくしたのである。そしていま、これだけにとどまらない事態に進もうとしている。

 

 高度医療評価制度は、現在、実施計画書とともに実施技術、実施医療機関に関し、高度医療評価会議と先進医療専門家会議で個別に審査し厚労大臣が承認をしている。11月10日の中医協では、この大臣の個別承認を省略し、未承認薬・適応外薬検討会議で「医療上必要性が高い」と認めた医薬品について、事前に登録した実施可能医療機関群から申請があれば実施計画書の適否のみを判断し承認をすることが提案された。またこの適否の判断を東大医科研などの研究所機能をもつ高度ながん専門医療を提供する医療機関におこなわせることや、先進医療も含め高度医療に関し、実施申請前であっても保険診療との併用を認めることが提案されている。

 

 高度医療評価制度は、大学病院を中心に利用されており08年にはこれを後押しするため、科学研究費の自由な活用や、特許の超早期申請などの特例を与える「スーパー特区」がつくられてもいる。

 つまり、今回の中医協での提案は、完全なる治験の空洞化と、大学病院を中心に相当程度のフリーハンドの混合診療を可能とすることなる。いわば、好き勝手に混合診療ができることになる。

 現在、未承認・適用外の医薬品・医療機器を使った「高度医療」は31件が保険診療との混合診療になっている。その中の久留米大で認められたがんペプチドは全くの新薬の未承認薬を用いる混合診療である。

 有効性・安全性の担保はすでに決壊し、未確立なものがやすやすと混合診療となり、この無原則化は泥沼化しつつある。もはやヘルシンキ宣言の蹂躙、人体実験のそしりはまぬがれないのではないか。われわれには現代の731部隊のようにさえ思える。

 

 保険診療の世界では、省令、通知により微に入り、細に入り多くの規定と制約の下で、第一線の医療機関は精一杯、患者と向きあい治療をしている。このルールの順守を巡る行政当局の指導・監査の人権蹂躙により、数少なくない自殺者が後を絶たず、生殺与奪の権を握られ戦々恐々とする現場で、われわれは保険診療を守っている。連綿と続く低医療費政策の下でも、混合診療の誘惑に応じていない。

 これら混合診療はアカデミズムが率先、先導してきたが、並走して民間保険は自由診療保険のメディコムや先進医療保険など堅調に業績をあげてきた。04年当時、表舞台で「解禁」を叫んでいた産業界の面々は、裏に潜んだだけである。高度医療評価制度は即刻、廃止すべきだ。

 

 医療の倫理が、ほんとうにいま問われている。われわれ日本の医師は医の倫理を語るとき、731部隊の悲しい所業に思いを至さなければならない。一笑に付すことは簡単である。この暴走をとめるため医療界の勇気と発言を強く望む。 

2010年11月16