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政策部長談話 「商行為と医療行為を混同した領収明細発行論議現場混乱と医療費抑制を強く懸念する」

商行為と医療行為を混同した領収明細発行論議

現場混乱と医療費抑制を強く懸念する

 

神奈川県保険医協会

政策部長  森 壽生


 2月15日、中医協は診療報酬改定に関し答申した。この中で、医療費内容の分かる領収書の無償発行を義務付けるとし、療養担当規則を改定するとした。

 ここでいう、領収書とは、「診察料」、「検査料」といった費目ごとの区分のあるものを指しており、更に患者の求めがあったときは、詳細な医療費明細の発行を努力義務として課すというものである。この「詳細」の意味は、医療機関が保険者に診療報酬を請求する際の明細書と同等のものとして、例示がなされている
「検査料」を例にとると、「血液学的検査」「生化学的検査」といった中分類の費目ではなく、「血糖」「HbA1c」「CRP」などの小項目までの費用明細を、毎回、領収書で出すということである。

 われわれは、領収書の発行自体は積極的に応じるものであり、多くの医療機関は既に実行している。しかし、現場や医療制度の理念・哲学を無視した、今回のこの領収書論議を危険視するとともに、現場混乱と極端な医療費抑制を非常に危惧するものである。

 そもそも領収書は、金銭授受の記録証明として民法上に規定されているだけであり、明細の記載などの規定については定められていない。よって、商習慣として、日付、店名、住所、電話番号などのほかは、衣類、焼肉定食などの品目が店の裁量で記載されているにすぎず、その明細についても、衣類、紳士服、ジャケット、など店によって、異なっている。今回の領収明細書の発行は、いわば焼肉定食のキャベツや豚肉、米の値段の明細書を出すのに等しく、意義は非常に薄いと考える。

 それ以上に、医療は一般の消費財とは違い、憲法25条に則り健康保険法等で保障された社会保障制度である。そしてこの医療は、国・企業・市町村が保険者となり、医療を直接、現物で給付することとされているが、事実上、不可能なため医療機関に委託契約をし、患者に提供されている。
この医療機関が提供した医療の対価が診療報酬であり、技術や医薬品・材料を価格評価したものが、診療報酬点数表である。

 また医療機関は、「一部負担金」と称する金銭を保険者に代わって受領しているに過ぎず、商行為とは別物である。よって、印紙税法や消費税法の対象でもないのである。この一部負担金はかつて、健保本人は初診時に100円のみ負担すればよかったものが、長年の国庫負担の大幅削減と保険者負担の削減のため、ついに3割負担となったことで過重となり、患者が敏感とならざるを得なくなっている。ここが問題の根源である。

 この診療報酬は、中医協での諮問・答申の形となるが、事実上、個々の点数のメニューや価格付け、算定条件などは、全て厚生労働省保険局医療課の官僚の手によって行われてきた。しかも、その点数表を収載した本は国語辞典よりも厚く、点数項目8,000と、おびただしい通知で構成されている。
点数の用語もわれわれでも理解しがたい10文字を超える漢字熟語が多く、算定方法も複雑で、日本語とは思えない、一読しただけではほとんど意味のとれない通知文書で占められる。言い換えれば、尋常な理解をはるかに超える、日本一難解なルール集と言ってよい。

 例えば月初めに医薬品を2週間分投与すると処方料15点(一部負担金45円:以下同じ)を算定するが、月末に必要があって4週間分投与をすると処方料15点(45円)が新たに算定できるのではなく、既に算定した15点がなかったことになり、特定処方疾患管理料45点(135円)となる。

 この場合、明細書付き領収書の発行はかえって混乱をきたし、マイナスの明細書を出すわけにもいかず、長々と説明書きを新たな領収書につけ差額金額を徴収することになる。

 また「寝たきり老人在宅総合診療料」は、月2回の往診を要件とする包括点数(パッケージ料金)であるが、患者の死亡や医療機関の事情で2回を満たさなかった場合は、往診料などを出来高算定することになる。現場では、この場合、一部負担金の精算で問題を回避してきたが、明細書をだすとなると窓口で長い説明を要することになる。

 歯科の「補綴物維持管理料」の場合は、歯に金属冠を被せ翌月外れて修正しても、2年間は再診料38点(114円)以外は算定できない。これも明細がでると、この不思議な仕組みの説明が必要となる。
これらは、一例でしかないが、全ては医療機関への対価支払いのための価格評価の便法であり、この明細を患者の求めに応じ発行することは疑問と混乱を増すだけで、窓口での"狂騒"は想像に難くない。それどころか、むしろその混乱を期待し、それに対応できない医療機関の「廃業」や、指導料など患者サイドには評価の難しい無形技術に対し「不要」と言わせ、医療費抑制に利用したいとの、思惑すらあるのではないかと思える。

 今回、明細書発行が努力規定となったことについて、ある中医協委員は、医療事故を防ぐ意味もあると食い下がったと伝えられる。しかし、医療内容への疑問の解決や医療事故の削減などは、診察室でのインフォームド・コンセントが基本であり、検査などの疑問は、その結果も含め検査データの提示が求めやすい仕組み、カルテ開示やアドボガシー(患者苦情窓口)の設置、医の倫理の確立など、患者と医療機関の信頼を深める方向での施策によるべきである。

 決して、医療費支払い金額(一部負担金)の領収明細の発行などという、極めて矮小化され、歪曲された議論からは問題解決はしない。マネーの議論ではなく、内容の論議が基本にされるべきである。

 その点では、むしろこの領収書発行が、医療機関のIT環境の整備に対する加算付けとセットで設けられたことに対して、疑問の目を向けるように訴えたい。これは、昨年6月6日の財政制度審議会の「予算編成」の建議に盛り込まれたものである。周知の通りIT企業が審議会委員に名を連ねており、産業界の思惑を強く感じる。

 更には、かつて歯科差額徴収の苦い轍を踏むまいと、保険医療と保険外医療の明細明示をさせ、混合診療の法制化と本格的展開に向けた環境整備の思惑もみてとれる。
今、喫緊に必要なのは重すぎる患者負担の軽減であり、領収書明細の発行ではない。われわれは救済制度である高額療養費の弾力運用を昨年秋に提言し、今次医療改革案に一部とり入れられているが、こういう方向での施策こそが必要である。

 厚労省は、この領収書明細発行問題だけでなく、医療政策上の愚を幾度となく繰り返してきている。焦眉の課題となっている国民の健康づくりと医療費水準の安定化は、健診率の飛躍的向上、健康教育と健康普及員の育成、そのシステム化によって可能であり、われわれは具体的提案を昨年10月27日(係長級)と12月1日(課長級)に厚労官僚と懇談し、実際に提示をしてきている。事実、全国の実践例・研究事例は厚生労働省に集積されているにもかかわらず、これらは何ら活かされていない。

 今回の領収書明細の発行は医療を明らかに商品化し、消費財として患者・国民に誤解させ、アメリカ型の「買う医療」へと意識操作の梃子となる。診療報酬の奇怪さや技術料の低さに国民が目を向け、改善されるとのマスコミ論調もあるが、それはおよそ医療に対する信頼感が、医療現場でどのように作られるかを知らない議論であろう。

 覆水盆に返らず。医療従事者のモチベーションの回復がかなわないイギリスの二の舞に日本の医療がならないか、われわれは強い危惧を覚えている。一刻も早くこの議論の軌道修正をすべきである。

 

2006年2月17日