保険医の生活と権利を守り、国民医療の
向上をめざす

神奈川県保険医協会とは

開業医を中心とする保険医の生活と権利を守り、
国民の健康と医療の向上を目指す

TOP > 神奈川県保険医協会とは > 私たちの考え > 2009/3/4 医療運動部会長談話「医療不信を助長する朝日記事「『保険村』の闇」 一知半解ではなく、木鐸たる筆を望む」

2009/3/4 医療運動部会長談話「医療不信を助長する朝日記事「『保険村』の闇」 一知半解ではなく、木鐸たる筆を望む」

医療不信を助長する朝日記事「『保険村』の闇」

一知半解ではなく、木鐸たる筆を望む

神奈川県保険医協会

医療運動部会長 池川 明


 2月27日朝日新聞は「歯科医療費 改定幅超す伸び 08年度上半期 歯科医学会長『請求上げ幅 膨らませた』」との記事を7面(13版・以降「7面記事(改定幅)」と称す)で載せ、また関係記事として15面に「医療の値段『保険村』の闇 緩めた請求基準、不正呼ぶ」(同・以降「15面記事(医療の値段)」と称す)と1面半分を使った記事を掲載した。一連の記事は、基礎的な事柄の理解の完全な誤り、事実誤認を出発点に論が進められている。その上、総合性がなく一面的でバランスを欠いており、ある種の悪意が底意として透けて見える。われわれは医療者を愚弄した、この一連の記事に呆れ果てるとともに、一知半解ではなく事実に立脚した総合的な判断により、健筆をふるわれるよう、執筆した松浦新氏、西井泰之氏の両記者に強く望むものである。

 問題の「7面記事(改定幅)」は、08年度の歯科の診療報酬改定率0.42%に対し、08年度上半期(4?9月)の「歯科診療報酬が3.4%増」とし、「決めた伸び率を大きく上回った」と断じた。
しかし、記事が引用した「3.4%増」とは、厚労省の対前年比の「医療費の動向」の数値であり、診療報酬の伸び率を示すものではない。そもそも医療費は、主に高齢化、技術進歩、診療報酬、受診日数などの複数の要因によって伸び率は構成され、変動するのである。「医療費の伸び率≠診療報酬改定率」は医療関係者の間では常識であり、近年の医療費伸び率は高齢化の影響が色濃くなっていることは医療費を語る上では初歩的な話である。

この医療費伸び率とて、財務省予算から試算すれば歯科は4.12%(=想定の伸び率3.7%+改定率0.42%)となるべきであり、それに比べれば低いのである。決して大幅な伸びなど見せておらず、1月の中医協でも厚労省医療課は同様の見解を示している。
しかも「7面記事(改定幅)」は、この事実誤認を前提に、伸び率が大きくなった理由として、患者への文書提供の基準緩和や歯石除去の2回目以降の評価、歯茎の外科手術の評価是正を挙げ、改定された歯周病治療ガイドラインとの連動や江藤歯科医学会会長の「学会が実際の診療報酬の請求の上げ幅に膨らみをつくる役割を果した」との講演発言を引き、邪な作為があったように印象付けている。
しかし、これも事実認識が間違っている。08年改定の文書提供の基準緩和は、06年改定で導入された夥しい文書提供の義務づけにより、書類作成に長時間割かれ治療に専念できない本末転倒の事態が起こり、国会でも問題になり是正措置がとられたものである。また、歯石除去や外科手術も、従来実施しても経済評価がなされていなかったものを評価したにすぎず、歯周病治療ガイドラインとの関係は全くない。ガイドラインを承知していれば、このような記事は書きようもないはずである。また江藤学会長の発言も、既にみたように「膨らみ」などなく、根拠がないのである。

 この7面記事に乗じ、同一人物の手で記された「15面記事(医療の値段)」は、「緩めた請求基準、不正呼ぶ」「『患者に見えぬようひねり出すしか』」との小見出しをつけ、一部の歯科医の取材コメントをもとに歯科界全体が悪行を重ねているかのように印象づける悪意に満ちた内容となっている。

 基本的なことから触れたい。診療報酬とは「医療」の対価を経済評価するものであり、保険者からその提供者である医療機関に支払われるものである。そして診療報酬は国が決めた診療報酬点数表に基づき算定されるが、診療行為別・医薬品・材料別に数千項目にわたり価格づけをされている。しかしながら、先にみた歯石除去のようにこれまで2回目以降は対価がゼロ、つまり無償提供となるほか、治療行為を行っても文書提供がなければ無償となるルールなど、不合理な価格づけが多い。初診料など基礎的技術料が先進諸国比較でそもそも低い上、これらの不合理な価格づけにより、日本は先進30カ国中21位の医療費水準(GDP比8.2%)になっている。しかも、歯科医療費は総医療費のうちのシェアは7.6%(2兆5千億円)でしかなく、この医療費で6万7千の歯科医療機関が医療提供を行っているのである。年収300万円のワーキング・プアの歯科医師が2割との調査やマスコミ報道は公知となっており、経営合理化の限界水準にある中、医療経済実態調査にみるように、少なくない歯科医療機関は存亡の危機にある。

 08年改定はこの状況下、合理性のある診療報酬に少しだけ舵を切っただけであり、朝日新聞「15面記事(医療の値段)」のいう「診療報酬の闇」でも何でもない。
不正請求について触れるが、多くの歯科医療機関は真面目に保険請求を行っている。行政システム上でも、指導・監査という不正請求を抑制する仕組みが敷かれている。現実は一般認識とかなりかけはなれており、行政手続法が遵守されない指導が相次いでおり、そのため歯科医や医師の自殺者があとを絶たず、相当強力な抑止力が働いているのである。
15面の記事は、その点で現実の一断面を、一面的に切っているにすぎないのである。 更には、これに絡めて医科の点数設定を巡る中医協の利害調整や、医科の再診料の問題など、診療報酬のそもそものあり方に論及することなく、断片をとらえて「歪み」「不透明」と読者の疑念を換気する内容となっている。診療報酬を問題にするなら、物価スライド制の廃止などの過去の経緯や、モノと技術の分離、技術・労働の適正評価など、建設的な議論を巻き起こす論点の提示や記事はいくらでも書きようがある。中医協全体の事務局と公益側委員の事務局は保険局医療課が務めてきた。リハビリに象徴されるが、その罪過にも、表層的でない検証があるべきだ。

 「医療崩壊」の下、第一線の医師、歯科医師も、救命救急の医師も、みな献身的に医療を行っている。診療報酬の各項目の点数設定に関する透明性の確保は重要であるが、専門家である医療者による医療の経済評価を抜きにはなしえない。合理性のない、不当な点数設定は廃すべきだとわれわれは勿論考えている。正確な事実認識に基づく整理された議論と合理的な診療報酬は急務である。

 そのような議論に資する社会の木鐸にふさわしい記事を、われわれは強くお願いする。

2009年3月4日

 

医療不信を助長する朝日記事「『保険村』の闇」

一知半解ではなく、木鐸たる筆を望む

神奈川県保険医協会

医療運動部会長 池川 明


 2月27日朝日新聞は「歯科医療費 改定幅超す伸び 08年度上半期 歯科医学会長『請求上げ幅 膨らませた』」との記事を7面(13版・以降「7面記事(改定幅)」と称す)で載せ、また関係記事として15面に「医療の値段『保険村』の闇 緩めた請求基準、不正呼ぶ」(同・以降「15面記事(医療の値段)」と称す)と1面半分を使った記事を掲載した。一連の記事は、基礎的な事柄の理解の完全な誤り、事実誤認を出発点に論が進められている。その上、総合性がなく一面的でバランスを欠いており、ある種の悪意が底意として透けて見える。われわれは医療者を愚弄した、この一連の記事に呆れ果てるとともに、一知半解ではなく事実に立脚した総合的な判断により、健筆をふるわれるよう、執筆した松浦新氏、西井泰之氏の両記者に強く望むものである。

 問題の「7面記事(改定幅)」は、08年度の歯科の診療報酬改定率0.42%に対し、08年度上半期(4?9月)の「歯科診療報酬が3.4%増」とし、「決めた伸び率を大きく上回った」と断じた。
しかし、記事が引用した「3.4%増」とは、厚労省の対前年比の「医療費の動向」の数値であり、診療報酬の伸び率を示すものではない。そもそも医療費は、主に高齢化、技術進歩、診療報酬、受診日数などの複数の要因によって伸び率は構成され、変動するのである。「医療費の伸び率≠診療報酬改定率」は医療関係者の間では常識であり、近年の医療費伸び率は高齢化の影響が色濃くなっていることは医療費を語る上では初歩的な話である。

この医療費伸び率とて、財務省予算から試算すれば歯科は4.12%(=想定の伸び率3.7%+改定率0.42%)となるべきであり、それに比べれば低いのである。決して大幅な伸びなど見せておらず、1月の中医協でも厚労省医療課は同様の見解を示している。
しかも「7面記事(改定幅)」は、この事実誤認を前提に、伸び率が大きくなった理由として、患者への文書提供の基準緩和や歯石除去の2回目以降の評価、歯茎の外科手術の評価是正を挙げ、改定された歯周病治療ガイドラインとの連動や江藤歯科医学会会長の「学会が実際の診療報酬の請求の上げ幅に膨らみをつくる役割を果した」との講演発言を引き、邪な作為があったように印象付けている。
しかし、これも事実認識が間違っている。08年改定の文書提供の基準緩和は、06年改定で導入された夥しい文書提供の義務づけにより、書類作成に長時間割かれ治療に専念できない本末転倒の事態が起こり、国会でも問題になり是正措置がとられたものである。また、歯石除去や外科手術も、従来実施しても経済評価がなされていなかったものを評価したにすぎず、歯周病治療ガイドラインとの関係は全くない。ガイドラインを承知していれば、このような記事は書きようもないはずである。また江藤学会長の発言も、既にみたように「膨らみ」などなく、根拠がないのである。

 この7面記事に乗じ、同一人物の手で記された「15面記事(医療の値段)」は、「緩めた請求基準、不正呼ぶ」「『患者に見えぬようひねり出すしか』」との小見出しをつけ、一部の歯科医の取材コメントをもとに歯科界全体が悪行を重ねているかのように印象づける悪意に満ちた内容となっている。

 基本的なことから触れたい。診療報酬とは「医療」の対価を経済評価するものであり、保険者からその提供者である医療機関に支払われるものである。そして診療報酬は国が決めた診療報酬点数表に基づき算定されるが、診療行為別・医薬品・材料別に数千項目にわたり価格づけをされている。しかしながら、先にみた歯石除去のようにこれまで2回目以降は対価がゼロ、つまり無償提供となるほか、治療行為を行っても文書提供がなければ無償となるルールなど、不合理な価格づけが多い。初診料など基礎的技術料が先進諸国比較でそもそも低い上、これらの不合理な価格づけにより、日本は先進30カ国中21位の医療費水準(GDP比8.2%)になっている。しかも、歯科医療費は総医療費のうちのシェアは7.6%(2兆5千億円)でしかなく、この医療費で6万7千の歯科医療機関が医療提供を行っているのである。年収300万円のワーキング・プアの歯科医師が2割との調査やマスコミ報道は公知となっており、経営合理化の限界水準にある中、医療経済実態調査にみるように、少なくない歯科医療機関は存亡の危機にある。

 08年改定はこの状況下、合理性のある診療報酬に少しだけ舵を切っただけであり、朝日新聞「15面記事(医療の値段)」のいう「診療報酬の闇」でも何でもない。
不正請求について触れるが、多くの歯科医療機関は真面目に保険請求を行っている。行政システム上でも、指導・監査という不正請求を抑制する仕組みが敷かれている。現実は一般認識とかなりかけはなれており、行政手続法が遵守されない指導が相次いでおり、そのため歯科医や医師の自殺者があとを絶たず、相当強力な抑止力が働いているのである。
15面の記事は、その点で現実の一断面を、一面的に切っているにすぎないのである。 更には、これに絡めて医科の点数設定を巡る中医協の利害調整や、医科の再診料の問題など、診療報酬のそもそものあり方に論及することなく、断片をとらえて「歪み」「不透明」と読者の疑念を換気する内容となっている。診療報酬を問題にするなら、物価スライド制の廃止などの過去の経緯や、モノと技術の分離、技術・労働の適正評価など、建設的な議論を巻き起こす論点の提示や記事はいくらでも書きようがある。中医協全体の事務局と公益側委員の事務局は保険局医療課が務めてきた。リハビリに象徴されるが、その罪過にも、表層的でない検証があるべきだ。

 「医療崩壊」の下、第一線の医師、歯科医師も、救命救急の医師も、みな献身的に医療を行っている。診療報酬の各項目の点数設定に関する透明性の確保は重要であるが、専門家である医療者による医療の経済評価を抜きにはなしえない。合理性のない、不当な点数設定は廃すべきだとわれわれは勿論考えている。正確な事実認識に基づく整理された議論と合理的な診療報酬は急務である。

 そのような議論に資する社会の木鐸にふさわしい記事を、われわれは強くお願いする。

2009年3月4日