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理事長談話 「医学・医療を無視した健診・保健指導プログラムと健康情報の国家管理施策の根本的転換を強く求める」

 医学・医療を無視した健診・保健指導プログラムと

健康情報の国家管理施策の根本的転換を強く求める

  

神奈川県保険医協会

理事長 平尾 紘一


 生活習慣病対策を柱とする新たな健診・保健指導(「特定健診・特定保健指導」)の08年4月実施に向けた「標準プログラム」の修正版が2月19日公表された。市町村健診を廃止し、その実施を医療保険者に義務付けた新たなこの健診・保健指導は、対象を40歳~74歳までと限定し、税ではなく保険料を財源とするなど、公衆衛生・保健事業の理念と自治体責任をないがしろにし、施策の根本的な転換を図ったものである。

 

 この「標準プログラム」はその実施要領であり、健診結果とウエストサイズで生活改善の保健指導を3段階に分類することを基本としている。近日中に「確定版」とされ、次年度から全国で準備事業に用いられる。当協会はこのプログラム(暫定版)に関し、厚生労働省と2回懇談をし、医学・医療の見地からその杜撰(ずさん)さを指摘。医学的知見の提供とともに真に健康づくりに資する方策を強く求めてきた。しかしながら、健診項目や保健指導など医学や医療現場の実態からみて甚だ理解不能なものとなっている。

 

 健診・保健指導とは健康診断と健康づくりである。新たな健診・保健指導はメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策を掲げ、早期発見・早期治療から生活習慣の改善(行動変容)・予防重視への転換をうたっている。しかし、そもそも生活習慣病対策はイコール、メタボリック対策ではない。ウエストサイズの小さい、つまり内臓脂肪症候群ではない糖尿病、高血圧、脂質代謝異常、高尿酸血症なども生活改善が必要な疾病である。

 

 今回のプログラム(修正版)では、健診項目のHbA1c検査を血糖検査との選択項目とした。新たな健診は糖尿病の患者・予備軍の25%削減を目標とし、これまで厚労省も透析医療費との関連を強調し糖尿病対策をとりわけ重視していたはずである。しかしながら、極めて有効なHbA1c検査を必須項目から選択項目へと格下げしたことは矛盾も甚だしい。しかも検査が高価との理由であり、もはや医療・医学ではなく経済である。

 また「尿酸値に異常を認めるものは、腹囲・血圧・血液検査等で異常を認めることが多い」と尿酸を検査項目から削除したが、これに関するEBMは存在しないと思われる。当協会が保健指導のプログラムにEBMがない点を多々指摘したが、健診も同様に検討会での発言のみで施策を決めている感がある。

 更には、血清クレアチニン検査が尿蛋白検査の実施となったため削除されたが、メタボリック対策としては了解するものの、健診の実施が努力義務化され、このプログラムに準じる後期高齢者からみれば、問題が残る。動脈硬化による腎硬化症の際、尿蛋白陰性の場合もあり、血清クレアチニンが有力な指標となるため、再検討が必要である。

 

 健診項目はこの「修正版」により、労働安全衛生法で企業(事業者)に義務付けられている「定期健診」(事業者健診)とほとんど同じとなる。新たな特定健診は、企業の「定期健診」が保険者の健診に優先し、それを実施数とみなすことができる。しかも「定期健診」の費用は企業負担であるため、両者の検査項目の統一が問題とされていた。特定健診は受診率の目標を達成できない場合に後期高齢者医療への支援金が10%増額となるペナルティーがついている。つまり、健保組合側が成績を上げるための手段として整合がとられたといっても過言ではないのである。

 

 一方、保健指導に目を転じると、「実践的エビデンスは不十分」とEBMのなさを正直に認めた点は評価するものの、保健指導対象者の分類選定の指標としてLDLコレステロール検査を除外した。高LDL血症の中には生活習慣病と大いに関連しているものがあり、例えば鶏卵の摂取を毎日から週に2個とするだけで正常となる例が多い。この保健指導の選定指標も疑問が尽きない。

 しかも、保健指導の内容というのは、面談により生活習慣の改善計画を作成し、その進捗を電話とメールで支援し6カ月後にメタボリックシンドロームの指標、腹囲の減少程度を確認するというものでしかない。「動機付け支援」「積極的支援」と言葉は立派だが、このような単純な手法で生活習慣は改善はしない。現場の医師および多数の医療従事者が動機づけにいかに苦労し日々悪戦苦闘しているか、現状の理解が本当に乏しい。

 更には、健診結果に基づく受診勧奨についても、軽度高血圧と判定された場合にこの保健指導を優先するほうが望ましいとし、医療費に跳ね返させないよう誘導をしている。

 過日、事業者健診と特定健診の検査項目の統一のため求められた腹囲測定について、経団連は事業者責任とメタボの連動を嫌い反発を示したが、現場では早くから女性が腹囲測定に応じられるのかとの疑問の声が出ている。厚労省が念頭におくフィットネスクラブでの健診・指導の外部委託ではなおさらである。腹囲問題はいずれ不明瞭なものとなると予測される。

 

 2月28日の厚労省の検討会では当初目標を、健診率70%と当初案から10%あげ、保健指導実施率45%と100%実施を大幅に下方修正した。健診率向上の処方箋は依然として何も提示されていない。

 

 一体全体、この新たな健診・保健指導とは何なのだろうか。

 

 明確なのは、この実施に伴い、計測機器、電送システム、データ分析、自費生活指導保険、フィットネス、トクホ、学習教材が必要であり、オムロン、日立、NTTデータ、損保ジャパン、ルネサンス、花王、法研など対応する企業群が経団連産業部会に連なっており、この間、特定健診・保健指導に注文付けをしてきたことである。標準プログラムのチャートにも学習教材の活用、生活改善計画の策定(健康サービスの提供)、簡易な郵送キット検診活用は、しっかりと明示がなされているのである。

 

 それ以上に問題が深刻なのは次の点である。

 健保連が今、健診・保健指導データの電子化・一括管理のシステム開発を、緊急の課題とし急ピッチで取り組んでいる。これは全ての健保組合のデータを標準化し健保連のサーバーコンピューターで一元管理することを予定したシステムで、レセプトオンラインのネットワークを利用する。多量の情報の送達や解析など一気に可能とし、国からも補助金が下りる。

 

 新たな健診・保健指導は医療費のレセプト情報との突き合わせを前提とし、この実現のため医療情報のIT化が必須となっており、IT企業が多く絡んでいる。電子化された情報は、健診機関や保健指導機関と保険者、保険者間、またはこれらと基金、国保連合会、国と電送でやりとりされる。しかも転職や転居にかかわらず一生涯管理されることとなっている。

 つまり「健康情報の国家管理」のシステムが今、作られようとしているのである。「健康情報」は莫大な価値をもつ。民間保険からの疾病リスクの高い加入希望者の排除や企業の採用・昇進、健康食品の販売など、あらゆる利用の可能性がある。これが本丸である。

 

 生活習慣病対策の美名の下、健診・保健指導の"隠れ蓑"をまとい患者・国民を企業群の好餌とするこの「社会実験」は、即刻、ゼロベースで考えなおすべきである。

 

 真の健康づくりに、われわれ第一線の開業医はいつでも叡智(えいち)を提供する用意がある。関係官僚の諸氏に、「厚生労働」の本旨に立ち返ることを強く要望するものである。

2007年3月5日