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政策部長談話 「医療ツーリズム『専用病床』議論の陥穽を衝く 検討会の迷走を懸念する」

医療ツーリズム「専用病床」議論の陥穽を衝く

検討会の迷走を懸念する

 

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


◆出発点に立ち返るべき

 川崎市南部の病床過剰圏での、医療法人社団・葵会による外国人専用医療ツーリズム病院の開設計画が事実上の「凍結」となる中、神奈川県の「医療ツーリズムと地域医療との調和に関する検討会」で、そのルール作りの議論がなされている。ただ、皆保険下で病床規制の法的間隙を縫う「想定外」の事態への喫緊の対応という、当初強く意識された目的が弱化、希薄化し、幾分、議論の焦点が拡散した感がある。複数の委員からの指摘や議論により軌道修正がされているが不安が残る。われわれはルール化にあたり問題の整理をするとともに、後顧の憂いのないよう委員の賢明な議論を期待する。

 

◆病床過剰圏での皆保険制度を度外視した病床開設が問題の本質

 先の5月の検討会では、この横紙破りの動きを脇に置いたかのように、小規模な枠の医療ツーリズム専用病床の設置がルール提案された。原則は専用病床を認めないとしながらの矛盾した提案である。これを巡り、「専用病床」を規定することへの異論や、神奈川県の独自枠設定への実効性に疑義がだされ、再検討となっている。

 現在の医療ツーリズムは、保険指定を受けた既存病床の枠内で、各病院が余力の範囲で一部病床を一時的に、医療ツーリズム患者に転用・運用しているに過ぎない。医療目的渡航の外国人に、医療資源を特化し運用する「専用病床」、さらには全床を専用病床とする「専用病院」は、国民への医療提供を謳った医療法第1条の理念にそもそも反している。

 また、皆保険制度での医療提供を基本とするわが国で、渡航外国人への医療を敷衍し、保険指定病床を自由診療で運用する事態が跋扈することとなれば、皆保険制度に綻びが生じる。

 葵会の医療ツーリズム問題は、病床過剰圏で医療法や地域医療構想を無視し、皆保険に背を向けた病床開設が本質だが、これは病床不足圏域での同様の開設や、既存病床の自由診療での専用運用まで、問題性を内包している。より根本問題は皆保険制度の度外視である。この問題性に向き合いながら、実社会の中で折り合う着地点がルールとなる。

 

◆地域医療に支障来たさない地元の「合意」(=ルール)に判断委ねた厚労省回答

 地域の医療秩序に支障を来たす病床過剰圏域での病床開設は、県立や市立の公立病院や、共済組合や済生会などの公的病院には知事が不許可とできる。民間病院へは知事は勧告までで強制力はないが、保険医療機関指定を厚生局が拒否することでストップがかかる仕組みをとっている。

 皆保険制度は、医師法(身分法)をベースに、薬機法、医療法(施設法)、健康保険法・療養担当規則、診療報酬と順に乗る重層構造で成り立っている。皆保険制度を是とする国で、これを是としない病床開設を、医療法第7条の構造設備要件を満たせば可だとする一部の解釈があるが、明らかに医療法第1条、医療提供体制の確保を図り「国民の健康の保持に寄与する」、の目的に反している。

 今年2月の国会で、この葵会の医療ツーリズム問題に関し厚労大臣は、①医療ツーリズムは地域医療に支障のない範囲、②医療提供体制の確保は県と地域医療関係者との間での十分な議論が重要、との「公準」を示した。地元の反発・混乱を示し、再三にわたり見解と解決方向を質した早稲田夕季衆院議員(立憲)への公式回答である。これは厚労省が「ローカル・ルール」、「神奈川ルール」を許容し、判断を委ねたものと理解できる。保険診療の世界では、医療・医学の発展と診療報酬の算定ルールとの間に疑義・不明確さが生じた場合、厚労省から正式な解釈通知が出されるまで、各都道府県の支払基金等の審査委員会でローカル・ルールが作られ運用される。今回の件も、これと同等である。

 

◆地域医療構想の病床区分は保険診療の点数データで需要推計 医療法と健保法の切り分け論は論外

 病床開設の根拠法は医療法であり、健康保険と別法であるので、構造要件のみ満たせば可との解釈は、現実の医療政策との関係でも無理がある。便法としての法律の切り分け論は論外である。

 いま医療計画の下で策定される地域医療構想は、高度急性期、急性期、回復期、慢性期の4つの機能別に、一般病床と療養病床の必要量を地域の医療需要に基づき、関係者の「協議の場」(=地域医療構想調整会議)を通じ検討されている。この際に、医療需要はNDBのレセプトデータとDPCデータが用いられ推計される。また、病床機能は患者の1日あたりの医療資源投入量を軸に区分され、これも保険診療データを基に、境界点を高度急性期3,000点、急性期600点、回復期225点~175点、慢性期175点未満とし、各機能別の必要病床数が検討されるのである。

 つまり、皆保険制度を前提に提供体制が編成・調整されており、医療法も立法の趣旨の背景に皆保険制度が存在しているのである。

 医療ツーリズムは、厚労大臣の答弁にあるとおり、地域医療に支障を招来させたり、医療秩序を破壊してまでも、進めるべき筋合いのものではない。

 これまでの現状も、皆保険制度を踏まえた範疇にある。医療ツーリズムの中核組織、MEJ(Medical Excellence JAPAN)が渡航受診者の受け入れ体制を評価した「ジャパン・インターナショナル・ホスピタルズ(JIH)」は現在全国49病院(県内2病院)あるが、公募概要は「国民への医療提供体制の維持と向上を前提として」である。また、65病院(県内4病院)を数える厚労省の「外国人患者受入れ医療機関認証制度(JMIP)」も「国民に対する医療の確保が阻害されることがないことを前提」としている。医療ツーリズムの先進、愛知県のあいち医療ツーリズム推進協議会でも、「既存の医療の受け入れ余力を活用し地域医療に影響を及ぼさない範囲において」としている。これが、限度である。

 

◆医療ツーリズムの受け入れ「余力」の範囲は、患者100万人に数人の範疇が現在水準

 医療目的渡航の際に、医療滞在ビザが発給される。その数は年間に1,650枚(H30年:外務省)である。医療目的渡航の患者は圧倒的に中国(1,185名)が多く、次いでベトナム(113名)、ロシア(24名)、フィリピン(23名)の順(厚労省「医療機関における外国人患者の受入に係る実態調査」<2019.3>)である。米国、韓国、カナダのビザ発給免除国からの医療目的渡航もあるが少数である。

 しかも、これらの医療ツーリズム患者を受け入れている医療機関は全体の3.8%(県内2.8%)であり、患者の国籍は中国が76.7%で次いでベトナムの13.2%と続き、各々の受け入れ医療機関の平均患者数は中国が11.97人、ベトナムが6.65人でしかない。

 いまわが国の、1日の患者数は850万3,600人(入院131万2,600人、外来719万1,000人)(厚労省「平成29年患者調査の概況」)である。つまり、家族も含む医療滞在ビザ発給者を全て患者数と見込んでも、日本の総患者数の0.019%、入院患者数でみても0.125%相当でしかない。実際は、この数の患者が全て毎日受診するわけではなく、1日単位でみると割合はもっと少なくなる。つまり最大でも患者1万人に対し数人程度、外来を含めれば100万人に数人程度であり、この水準がわが国の医療ツーリズムに対応した、「既存の医療の受け入れ余力」の範囲である。

 

◆皆保険制度を度外視した病床開設は不許可に 専用病床運用は療養担当規則違反として指導対象に

 葵会が計画中の、病床過剰圏域での100床の外国人専用病院は、地域医療を保険診療で行った「余力の範囲」とは真逆の、自由診療で外国人医療を「全力」で行う「無制限」のトップランナーとなる。  

 ローカル・ルールの策定だが、①現行実態の範囲、②保険診療を中心に行ったうえで、余剰資源の範囲と、既に委員から「基準」が提示されている。

 これらを踏まえれば、①皆保険制度を度外視した外国人専用病床開設は病床過剰、病床不足を問わず医療法第1条の目的「国民の健康保持に寄与する」に背反するので許可しない、②医療ツーリズム専用病床をはじめ、自由診療運用を「固定化」する専用病床運営は認めない(行政指導対象:療養担当規則第19条の2「健康保険事業の健全な運営の確保」の厳格適用)、③JIH推奨病院、JMIP認証病院の現状に準じた医療ツーリズムの病床運用を限度枠とする―を一案として提示したい。なお、過去に病床過剰圏での開設中止勧告の処分性と保険医療機関指定拒否の違法性が係争となったが、いずれもその妥当性が認められており、そもそも第1条に反するものに許可を与えないのは合理的である。

 検討会では、行政側より「神奈川らしい」特色をルール化したい旨が出されたが、それに拘泥せず、県内の医療技術水準や転地療養に資す療養環境などの広報に委ねるほうが賢明に思える。

 葵会は計画断念しておらず、この医療ツーリズム病床のルール策定は、どのような落着をしても「パンドラの箱」となる。委員諸氏の賢察と叡智の集積を強く期待したい。

2019年8月8日