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政策部長談話「『死産』が調査・報告の対象に! 紛争解決は想定外の『医療事故調査制度』  拒否権なし、カルテ提出強要、『報告書』は訴訟に利用 医療界はこれでいいのか」

「死産」が調査・報告の対象に!紛争解決は想定外の「医療事故調査制度」

拒否権なし、カルテ提出強要、「報告書」は訴訟に利用医療界はこれでいいのか

 

神奈川県保険医協会

政策部長 桑島 政臣


 参議院で審議中の、医療・介護総合確保法案(「総合法案」)に、医療事故調査制度の創設が盛られている。この法案は、制度案の検討部会での整理と異なり、事後的に随所に作為が施されている。筆頭格は、医療事故の対象に、「死産」が突如、挿入された点である。また制度骨格も、先行する産科医療補償制度を下絵とし、酷似しており、紛争を助長する危険性を孕んでいる。紆余曲折を経ての制度創設に、一部で期待もあるが、法案の拙速な成立をせずに、一旦廃案、修正とすることを強く求める。

 

 法案の医療事故調査制度は、医療事故の際に、(1)医療機関での院内事故調査と遺族への説明、(2)第三者機関への発生時報告と院内調査結果の報告と、(1)(2)とも義務付け、また(3)遺族から第三者機関への調査依頼を可能とし、第三者機関が医療機関への調査権限を持つものである。

 

 この医療事故の対象は、医療行為による「患者」の予期せぬ「死亡」とされ、検討部会で議論されてきた。これが、昨年11月8日の社保審医療部会で、突如、その対象に「死産」の文言が追加された資料が出され、何の議論もなく今法案に盛り込まれている。当会の照会に、厚労省は「法文に落とし込む際に入れ込んだ、他意はない」とし、羽生医政局総務課長が提案したと返答した。

 

 死産は、胎児の死亡であり、「患者」への医療行為での死亡とは違う。異質、唐突である。「医療事故」とされるのは、違和感があり、制度趣旨を逸脱している感が強い。

 

 この医療事故調査制度は、第三者機関による「調査」に関し、医療機関は「拒否権」がない。また、カルテ、看護記録などの諸資料の提出も義務化される。ここが作成する「報告書」は、訴訟利用は妨げられておらず、田村厚労大臣も、国会審議でその旨、明確に答弁している。そもそも、この制度は、「紛争解決」を目的としていないことが、審議でも念押しされている。

 

 自然死産は、年間1万件を超える。そのうち「予期せぬもの」のライン引きが問題となるが、3千件相当との話があり、妊娠22週以降の自然死産の数字と合致している。この数値は、全国の産科医療機関でみると平均で1施設1件に相当する。

 一方、「患者」の予期せぬ死亡は、検討部会で年間1,300~2,000件と出されており、全国の医療施設(病院、診療所、歯科診療所、助産所)17万7,629施設で計算すると、1医療機関で0.01件~0.02件、つまり医療事故として扱われる対象が、産科は他科の100となる。

 死産の原因のトップ、25%は「不明」である。原因究明が不明となれば、疑念が生じることになる。

 

 第三者機関が作成する報告書は、訴訟利用を妨げておらず、産科医療機関の訴訟リスクは格段に高くなる。当然、産科医療機関の萎縮となり、分娩からの撤退、産科医療崩壊の危険が高くなる。

 

 産科医療崩壊を防ぐ目的で、制度創設された「産科医療補償制度」は脳性麻痺児の発症に際し、(1)「補償」金を支払うとしながら、(2)カルテ等提出強要による「原因分析」と「報告書作成」と「公開」、(3)「再発防止」策の検討と、1制度に3つの目的を混入。原因分析に止まらず、医療内容の「優劣」の「評価」を報告書に盛り込み公表することで、訴訟を誘発する仕組みを内在させている。

 この制度を巡り、関係者から強い危惧が表明されている下、これに重ねて、今回の「死産」を医療事故の対象とする施策は、産科医療にトドメを刺すかのように見える。

 医療事故の対象は、当初議論の通り、患者の医療事故とし、「死産」は対象から除外すべきである。医療事故の「対象範囲」は拡大することが既定路線であり、「死産」問題は将来の試金石となる。

 

 不幸にも医療に関連して患者が予期せず死亡した際、その原因究明は、遺族にとっての「納得」はもちろん、医療者側にとっても医療の質の向上にとっても、道理である。医療機関の真摯で誠実な対応が、第一義であることは論をまたない。ただ、医療は人間という生体に相対し、「不確実性」があることへの共有理解がないと、「医師―患者・遺族」間の無用な対立を生むことも現実である。

 

 今制度は、遺族への救済制度はセットされていない。金銭的救済の「補償」はない。それを求める場合には、現在は「賠償」しかない。賠償は、医療機関の「過誤」「過失」の有責判定が前提となる。ゆえに訴訟を含めた紛争となる。「報告書」の内容が、重みをもってくる。原因究明と責任追及を連動させないとしたWHOのガイドラインに反する事態となる。

 

 第三者機関は全国でひとつであり、実際は、各県・各地域に設置される「支援団体」に調査を委託し実施することになる。原因究明、報告書作成へ一定の質の担保のために、人材の研修を予定しているが、産科医療補償制度と同様に、医療行為のガイドライン、学会のガイドラインが、"金科玉条"のごとく作用することを非常に懸念する。第三者機関は「民間」組織であり「限界」と「不安」もある。

 犯罪捜査と関連する医師法21条との整理も棚上げされたままである。この点の問題は大きい。

 

 今法案は、当初の制度設計からの変更部分が他にもある。医療機関から第三者機関へは、医療事故の「届出」が「報告」へと内容を伴ったものとされ、遺族の「申請」(書面)が「依頼」(口頭)へと簡略化し、第三者機関から医療機関への「助言」(求めに応じて)が、「必要な情報の提供・支援」へと変化があるが、明確な説明がなされていない。

 

 今制度は、院内、第三者機関とも、調査は解剖、死亡時画像検索(Ai)を織り込むことで議論されている。費用は前者は約25万円、後者は約4万円かかるが、調査、原因分析への専門家の会議、報告書作成実務など費用は嵩む。医療安全調査機構の医療関連死の分析事業を勘案すると、院内調査50万円、第三者調査100万円が目安となる。これを、国庫と医療機関、遺族の負担で賄うとされているが、数十億円の巨費が想定され、これをカバーする民間保険商品の開発・販売が考えうる。その場合、訴訟の拡大と、民間保険市場の拡大が連動することになる。また、かつて噂があった、日常診療の患者負担に、この制度運営分として「定額負担」を乗せる案の浮上も、強く危惧している。

 

 総じて、「ガイドライン」で具体化するとし、医療事故の定義、運営財政や費用負担など、仔細や細部は不明であり、行政のフリーハンド部分が多く、とりあえず制度を走らせることが優先されている。この制度の施行は、成立1年半後、見直しはその半年後となっている点から、それが見てとれる。

 

 医療は医療者と患者の共同作業である。相互の溝や対立を煽る先鞭に、産科の「死産」が位置づくのなら、言語道断である。

 医療機能評価機構か、医療安全調査機構が第三者機関と目されているが、両者の棲み分け、委託関係による運営も可能性があり、前者への医療者の不信が強いだけに、出発から信頼性が揺らぐ。

 医療事故調査制度への期待は、患者、医療者の双方にあるが、「安全な医療提供」「医療の質の向上」と、重なる部分が多い。しかし、今法案は、制度の目的規定が条文に欠如しており、「再発防止が目的」と国会審議で答弁が繰り返されるが、疑念と不安は尽きない。

 覆水盆に返らず。医療事故対象から「死産」を除き、国会審議を拙速せず、捲土重来を期すべきだ。

2014年6月6日