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2018/5/11 政策部長談話 「医療費『増加分』を患者負担へ『転嫁』するルール化 人道に悖(もと)る医療費の『給付率自動調整』に反対する」

医療費「増加分」を患者負担へ「転嫁」するルール化

人道に悖(もと)る医療費の「給付率自動調整」に反対する

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 医療保険の給付率を自動的に調整する仕組み(=「給付率自動調整」)の導入が財政制度等審議会財政制度分科会で4月25日に提案された。これは、「一定のルール」に基づき、医療費(医療給付費)の「増加分」を患者負担に「自動的」に転嫁する仕組みである。つまり、疾病自己責任論の「究極」の制度化である。われわれは、医療者としてこの導入に断固、反対する。

◆ 出発点は自民・財政構造小委 しかし与党内でも慎重論続出

 給付率自動調整とは裏返せば、患者負担率の自動調整である。この出発点は、自民党の「財政構造のあり方検討小委員会・中間報告」(3月29日)である。これが親会議の「財政再建に関する特命委員会」で説明されたのである。中間報告では、「経済成長や人口動態を踏まえた被保険者の負担能力に応じて、患者への給付率の調整(定率・定額負担、負担上限、免責等)をルールに基づき定期的に行う仕組みを導入する」とされている。

 4月19日には、経済財政諮問会議の経済・財政一体改革推進委員会の社会保障ワーキング・グループ(WG、主査:榊原経団連会長)で、財務省より「給付率自動調整」が提案され、4月25日の財政制度等審議会では「給付率自動調整」のイメージ、制度設計についての議論に入っている。

 しかし、これへ与党内からも慎重論が続出している。公明党の社会保障制度調査会では「容認できない」と懸念の声が上がり(4/17)、自民党の厚労関係議員幹部会でも「どう実現するのか」と懸念の声が上がっている(4/27)。厚労省も4月19日の経済財政諮問会議の社会保障WGへ「患者負担が過大になる」と反論。同日の社会保障審議会医療保険部会でも慎重論が大勢を占めている。日医会長も5月1日に「財務省は無責任」と指弾している。

 ただ、5月8日に自民党の財政構造小委員会は財務省出身者の小黒法政大教授にヒアリング。疾病に応じた自己負担割合の変動やマクロ経済スライドが示されており、予断は許さない。

◆ 「支え手」のすり替えで、「患者」への過重負担とする財務省の冷酷

 財務省が示した改革の方向性(案)は「経済成長や人口動態を踏まえ、支え手の負担能力を超えるような医療費の増加があった場合に、ルールに基づき給付率を自動的に調整する仕組みについて検討し、人口減少が本格化する前に速やかに導入すべき」とされている。

 このポイントは「負担能力」の"指標"とそれを「超えるような医療費の増加」の"水準"をどう定め測るのか、また「給付率(=患者負担率)を自動的に調整する」ための"ルール"をどう設計するかとなる。審議会の論点では、年金で導入されているマクロ経済スライドが参考で示されている。

 援用すると、例えば「医療費増加率-経済成長率-人口減少率」の「乖離分」を、給付率から自動的に減少、つまり患者負担率に上乗せする、となる。審議会議論では、患者負担上限の高額療養費を織り込んだ、「実効給付率」の減少が問題とされており、この数値を指標とし、制度の変更を連動させることも考えられる。

 財務省のいう「支え手」には、患者が抜け落ちている。医療保険の保険料や公費(租税)の負担は、いまの患者もこれからの患者も一緒に担っている。患者より多人数の「支え手」の負担能力を超えた場合に、給付率を減少させて患者負担に付け回すということは、「支え手」より少人数の患者に過重負担を負わせることとなる。これは自明であり、深刻な負担となる。冷酷な仕組みである。

◆ 疾病の軽重での給付率の格差導入は、患者負担割合引き上げの高等戦術

 増加する医療費は、広く皆で負担することが不可避であり、患者に転嫁していく仕組みは、健康保険の本旨から外れている。患者負担は、疾病自己責任での負担を制度化した代表格であり、がん患者に「自己責任だから患者負担は当然」としているに等しい。医療の現物給付の本旨に返り、患者負担を解消し、保険料と公費での負担に国民理解を得る努力をすべきである。

 給付率自動調整の方法論での疾病の軽重による給付率の変動も、昔から繰り返し出てくるが実態を知らなさすぎる。全体の85%の患者が使う医療費は1人2万円未満であり、全体の医療費の22%に過ぎない(「平成27年社会医療診療行為別統計」)。患者負担を3割から5割へと上げ患者負担を6千円から1万円に上げれば計算上は全体の医療費は▲4.3%、国費分はその1/4で▲1%、約4千億円は確かに減少する。しかし、社会的影響が大きすぎ、早期発見早期治療は今以上に阻害され、重症化を招来する。逆に高額療養費(負担上限)に該当する患者の医療費は全体の6割弱を占めており、仮に重度の患者負担率を減少させても該当は変わらず、医療財政的には変化はなく、何ら寄与しない。

 この疾病の軽重による給付率の変動は、門外漢の歓心を買うレトリックであり、トリックである。

◆ 本質は総額管理の亜種 給付率自動調整は皆保険を瓦解させる

 政府は「骨太方針2015」の目標だった2016年から2018年度の社会保障費を1.5兆円の増加に抑えることを達成し、近く「骨太方針2018」を決定する。今後3年間の社会保障費抑制の「指標」が盛り込まれるが、2020年代半ばの基礎的財政収支の黒字化、財政健全化の達成へ向け、これまで以上の抑制が取り沙汰される中、この「給付率自動調整」案が出てきている。

 4月20日の日経新聞が、経済成長率や賃金の伸びの範囲に医療費の伸びを抑える「目標」を立て、目標を超過した場合は翌年度以降に患者負担を増やす、「総額をコントロール」する考え方、と早々に解説。これに対し、財政制度等審議会で「総額管理」を図るのではないと火消に躍起となり、昨今はマクロ経済スライドの文言が報道で踊っている。しかしながら、社会保障費の抑制の主軸は「医療」であり、「給付率自動調整」の本質は「総額管理」である。

 この「総額管理」は、2005年に名目GDPの伸び率を指標とする、医療費の伸び率管理が経済財政諮問会議で提唱され、2001年には「総額管理」として目標超過分は医療機関に付け回す方法が提案され、いずれも反発が強く頓挫している。

 患者は所得の多寡に応じ疾病を発症するのではない。経済成長に応じた度合いで疾病が発症するのでもない。

 医療は必要に応じて給付がなされるべきであり、国民皆保険制度は「日本社会の「安定性・統合性」を維持するための最後の砦」(二木立・日本福祉大学相談役・名誉教授:『文化連情報』2018年5月号「二木教授の医療時評(その159) 国民皆保険制度の意義と財源選択を再考する」)である。

 われわれは皆保険を瓦解させかねない、給付率自動調整の導入に断固反対する。

2018年5月11日

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医療費「増加分」を患者負担へ「転嫁」するルール化

人道に悖(もと)る医療費の「給付率自動調整」に反対する

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 医療保険の給付率を自動的に調整する仕組み(=「給付率自動調整」)の導入が財政制度等審議会財政制度分科会で4月25日に提案された。これは、「一定のルール」に基づき、医療費(医療給付費)の「増加分」を患者負担に「自動的」に転嫁する仕組みである。つまり、疾病自己責任論の「究極」の制度化である。われわれは、医療者としてこの導入に断固、反対する。

◆ 出発点は自民・財政構造小委 しかし与党内でも慎重論続出

 給付率自動調整とは裏返せば、患者負担率の自動調整である。この出発点は、自民党の「財政構造のあり方検討小委員会・中間報告」(3月29日)である。これが親会議の「財政再建に関する特命委員会」で説明されたのである。中間報告では、「経済成長や人口動態を踏まえた被保険者の負担能力に応じて、患者への給付率の調整(定率・定額負担、負担上限、免責等)をルールに基づき定期的に行う仕組みを導入する」とされている。

 4月19日には、経済財政諮問会議の経済・財政一体改革推進委員会の社会保障ワーキング・グループ(WG、主査:榊原経団連会長)で、財務省より「給付率自動調整」が提案され、4月25日の財政制度等審議会では「給付率自動調整」のイメージ、制度設計についての議論に入っている。

 しかし、これへ与党内からも慎重論が続出している。公明党の社会保障制度調査会では「容認できない」と懸念の声が上がり(4/17)、自民党の厚労関係議員幹部会でも「どう実現するのか」と懸念の声が上がっている(4/27)。厚労省も4月19日の経済財政諮問会議の社会保障WGへ「患者負担が過大になる」と反論。同日の社会保障審議会医療保険部会でも慎重論が大勢を占めている。日医会長も5月1日に「財務省は無責任」と指弾している。

 ただ、5月8日に自民党の財政構造小委員会は財務省出身者の小黒法政大教授にヒアリング。疾病に応じた自己負担割合の変動やマクロ経済スライドが示されており、予断は許さない。

◆ 「支え手」のすり替えで、「患者」への過重負担とする財務省の冷酷

 財務省が示した改革の方向性(案)は「経済成長や人口動態を踏まえ、支え手の負担能力を超えるような医療費の増加があった場合に、ルールに基づき給付率を自動的に調整する仕組みについて検討し、人口減少が本格化する前に速やかに導入すべき」とされている。

 このポイントは「負担能力」の"指標"とそれを「超えるような医療費の増加」の"水準"をどう定め測るのか、また「給付率(=患者負担率)を自動的に調整する」ための"ルール"をどう設計するかとなる。審議会の論点では、年金で導入されているマクロ経済スライドが参考で示されている。

 援用すると、例えば「医療費増加率-経済成長率-人口減少率」の「乖離分」を、給付率から自動的に減少、つまり患者負担率に上乗せする、となる。審議会議論では、患者負担上限の高額療養費を織り込んだ、「実効給付率」の減少が問題とされており、この数値を指標とし、制度の変更を連動させることも考えられる。

 財務省のいう「支え手」には、患者が抜け落ちている。医療保険の保険料や公費(租税)の負担は、いまの患者もこれからの患者も一緒に担っている。患者より多人数の「支え手」の負担能力を超えた場合に、給付率を減少させて患者負担に付け回すということは、「支え手」より少人数の患者に過重負担を負わせることとなる。これは自明であり、深刻な負担となる。冷酷な仕組みである。

◆ 疾病の軽重での給付率の格差導入は、患者負担割合引き上げの高等戦術

 増加する医療費は、広く皆で負担することが不可避であり、患者に転嫁していく仕組みは、健康保険の本旨から外れている。患者負担は、疾病自己責任での負担を制度化した代表格であり、がん患者に「自己責任だから患者負担は当然」としているに等しい。医療の現物給付の本旨に返り、患者負担を解消し、保険料と公費での負担に国民理解を得る努力をすべきである。

 給付率自動調整の方法論での疾病の軽重による給付率の変動も、昔から繰り返し出てくるが実態を知らなさすぎる。全体の85%の患者が使う医療費は1人2万円未満であり、全体の医療費の22%に過ぎない(「平成27年社会医療診療行為別統計」)。患者負担を3割から5割へと上げ患者負担を6千円から1万円に上げれば計算上は全体の医療費は▲4.3%、国費分はその1/4で▲1%、約4千億円は確かに減少する。しかし、社会的影響が大きすぎ、早期発見早期治療は今以上に阻害され、重症化を招来する。逆に高額療養費(負担上限)に該当する患者の医療費は全体の6割弱を占めており、仮に重度の患者負担率を減少させても該当は変わらず、医療財政的には変化はなく、何ら寄与しない。

 この疾病の軽重による給付率の変動は、門外漢の歓心を買うレトリックであり、トリックである。

◆ 本質は総額管理の亜種 給付率自動調整は皆保険を瓦解させる

 政府は「骨太方針2015」の目標だった2016年から2018年度の社会保障費を1.5兆円の増加に抑えることを達成し、近く「骨太方針2018」を決定する。今後3年間の社会保障費抑制の「指標」が盛り込まれるが、2020年代半ばの基礎的財政収支の黒字化、財政健全化の達成へ向け、これまで以上の抑制が取り沙汰される中、この「給付率自動調整」案が出てきている。

 4月20日の日経新聞が、経済成長率や賃金の伸びの範囲に医療費の伸びを抑える「目標」を立て、目標を超過した場合は翌年度以降に患者負担を増やす、「総額をコントロール」する考え方、と早々に解説。これに対し、財政制度等審議会で「総額管理」を図るのではないと火消に躍起となり、昨今はマクロ経済スライドの文言が報道で踊っている。しかしながら、社会保障費の抑制の主軸は「医療」であり、「給付率自動調整」の本質は「総額管理」である。

 この「総額管理」は、2005年に名目GDPの伸び率を指標とする、医療費の伸び率管理が経済財政諮問会議で提唱され、2001年には「総額管理」として目標超過分は医療機関に付け回す方法が提案され、いずれも反発が強く頓挫している。

 患者は所得の多寡に応じ疾病を発症するのではない。経済成長に応じた度合いで疾病が発症するのでもない。

 医療は必要に応じて給付がなされるべきであり、国民皆保険制度は「日本社会の「安定性・統合性」を維持するための最後の砦」(二木立・日本福祉大学相談役・名誉教授:『文化連情報』2018年5月号「二木教授の医療時評(その159) 国民皆保険制度の意義と財源選択を再考する」)である。

 われわれは皆保険を瓦解させかねない、給付率自動調整の導入に断固反対する。

2018年5月11日

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