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医療運動部会長談話 「情報操作で公的医療保険を瓦解させる厚労省『構造改革』試案の撤回を強く求める」

情報操作で公的医療保険を瓦解させる厚労省「構造改革」試案の撤回を強く求める

 

神奈川県保険医協会

医療運動部会長  池川 明


 厚労省は10月19日、「医療制度構造改革試案」を発表した。医療給付費が2025年度に56兆円に膨らむとの前提で、7兆円を圧縮する方策を試案に盛り込んだ。

 具体的には短期的方策として、①高齢者(70歳以上)窓口負担の2割への引き上げ、②高齢入院患者の食費・居住費の保険外し、③高額療養費の限度額の引き上げなど、負担増を中心とする受診抑制施策で1兆円を削減。また中長期的方策として1)生活習慣病対策、2)平均在院日数の短縮で6兆円を削減するとし、計7兆円の削減で2025年度に49兆円になるとしている。

 しかも、経済財政諮問会議が求める42兆円には、まだ7兆円の隔たりがあるとし、免責制度(外来1回1,000円で▲4.0兆円、同500円で▲2.3兆円)、診療報酬のマイナス改定(2025年度までに計▲10%で▲4.9兆円)、一般入院の食事・居住費の保険外し(▲0.7兆円)の試算も掲げている。しかし、そもそもの前提となっている医療給付費用は過大推計の感が拭えない数値である。

 2025年度の医療給付56兆円は、医療給付の伸びを4%程度と仮定して推計されている。しかし、2000年度に老人医療費の一部が介護保険に移行し、02年度の診療報酬▲2.7%改定と老人1割負担導入、03年度の健保3割負担導入、04年度の診療報酬▲1.05%改定により、伸び率は急速に鈍化している。

 実際、医療給付費の伸びは01年度3.0%、02年度▲1.0%、03年度0.8%でしかない(平均で0.9%)。患者負担を加えた国民医療費でも伸びは、01年度3.2%、02年度▲0.5%、03年度1.9%(平均1.5%)にすぎない。

 04年度の国民医療費は未発表だが、近似値である概算医療費総額の伸びは2.0%である。

 よって、医療給付費の伸びを実績に近い年率2.0%と仮定して推計すると、2025年は41.2兆円となる。これは財政諮問会議の提唱する、医療費の総額管理目標の水準42兆円と同程度の水準となり、計画している圧縮そのものが必要ないことになる。

 つまり、「改革」の必要性そのものが極めて怪しいのである。

■医療給付費の将来推移

  2006年度 2015年度 2025年度
政府見通し(伸び率4%) 28.3兆円 40兆円 56兆円
厚労省「改革」実施の場合 28.3兆円 37兆円 49兆円
諮問会議「管理目標」導入の場合 28.3兆円 35兆円 42兆円
保険医協会試算(伸び率2%)現状維持 28.3兆円 33.8兆円 41.2兆円

 

 しかも、今回の試案で1兆円削減とされる短期的施策は全て06年度中の実施である。一方、中長期的施策(7兆円削減)の柱、生活習慣病対策は保健指導以外に具体策の記述はなく実効性が疑問視されている。とりわけ焦点のあてられた糖尿病は、患者負担増による更なる受診抑制により、長期的にはむしろ医療費増大する要因となる病状の悪化が懸念される内容で、7兆円削減は極めて怪しい。

 つまり、今回の厚労省案は、財務省などの圧力により確実視される、診療報酬のマイナス改定と患者負担増に備える情報操作のための誇大広告の感が極めて強い性格のものである。

 また、保険制度の体系見直しも問題が多すぎる。県単位の医療保険再編は、医療費水準と保険料水準を連動させ、保険者が財政調整できる仕組みの導入であり公的医療保険の普遍性を否定するものである。健診の医療保険者への義務化、保険指導の強化は、疾病の強制管理、予防・保健事業の医療保険での肩代わりである。

 独立型の高齢者医療制度は保険料の年金天引きや過重負担など問題が多い。さらには混合診療の法制度化は「療養の給付」原則を、医療費用の補填である「現金給付」原則に転換するものとなる。この変更は、見かけ上はさほど変わらないように見えるが、実は現行の医療保険制度の根幹部分の変更である。検討されている「免責制度」や混合診療は「現物給付」から「現金給付」にしないと制度矛盾が生じる。さらに「免責制度」にいたっては、必要とする人からさらに医療を遠ざける、医療保険への公的責任を免罪するという法的矛盾も甚だしい。これらは、憲法25条の事実上の否定であり、公平性では世界一とされる日本の医療保険制度を歪め、切り崩すものにほかならない。25条の改憲と今回の「改革」の流れは、国の公的責任を国民に押しつけるためと考えると、見事に一致する。

 今回の「改革」案の公表に際し、財務省は10月11日、厚労省に対し多項目にわたる申し入れを実施し、その中で、「医療サービス・コストの縮減・合理化」として、医師人件費の削減を求めている。具体的には、民間給与との乖離をあげ診療報酬を削減、経営の合理化を要求している。この医師人件費の削減については、既に3月18日の政府税制調査会でも生涯所得総額の削減があげられている。

 医療費の半分は人件費が占め、医師・歯科医師の人件費のウエイトが高いといわんばかりの対応である。医療の本質を理解して議論がなされているとは、到底思えない。

 イギリスの医学雑誌「ランセット」では、サッチャーの医療費抑制策を転換したブレアの政策が失敗したと、表紙を飾った(05年4月30日-5月5日号)。数十年来の医療費抑制策で、医師の士気は壊滅的に崩壊し、医療への予算を拡大してもその士気すなわち「やる気」は戻らなかったと報じている。「消費者中心の医療」が医師の誇りと勤労意欲を奪い、政治家が30年も続く医療への攻撃の心理的影響を甘く見すぎていると主張している。

 医師は高度な知識と技量で患者の回復に寄与することに生き甲斐と誇りを感じている。競争原理・市場原理で簡単には動かない。また、医療に競争原理を導入することは、患者の受診行為も競争原理に晒されることであり、逆の選択が働くことを理解している人がどれだけいるであろうか。イギリスがすでにそうであるように、情報入手能力や経済力がそのまま受診する医療格差に反映する。はたして国民の多くは、起こるであろう差別的な医療を受け入れることが出来るのであろうか。

 何よりも医療は公平でなければならない。「いつでも、どこでも、誰でも」必要な人に医療提供を保障し、医師の専門性に基づく裁量判断を尊重してきた日本の医療制度を、この「改革」試案はないがしろにするものでしかない。

 われわれは、この「ブレアの失敗」に学ぶことなく盲進するこの「改革」試案を撤回するよう強く求めるものである。

 

2005年10月24日