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地域医療対策部長談話 「未病産業?医療を遠ざける、企業による医療類似行為の産業化に医師の立場から警鐘する」

未病産業?医療を遠ざける、企業による医療類似行為の産業化に医師の立場から警鐘する

 

神奈川県保険医協会

地域医療対策部長  鈴木 悦朗


 神奈川県は一昨年来、「未病産業の創出に係るモデル事業」を進めている。医療への「誘導」の意味合いで評価する向きもあるが、いささか首をかしげざるを得ない面がある。果たして早期発見、早期治療に資するものなのか。医療現場にある者とし、医学的医療的見地からその弊害を指摘し、一石を投じたい。

 

◆ 未病とは東洋医学の独自の概念 知事の言う“健康と病気の中間”ではない

 そもそも、「未病」なる概念は東洋医学のものであるが、漢方治療における個々の体質に基づく虚証・実証の把握のもとでの「治療」「健康管理」「予防」とは別次元の話である。

 「未病」とは、中国の『黄帝内経素問』に語源があり、病気の萌芽から病気の全ての過程を包摂する概念である。そこで説かれている「治未病」とは、病気の臓器のみ治すのではなく、病気の進行状況を見て別部位の充実を図り転移を防ぐなど、万病の変転の全てを知り尽くした上での「治未病」である。

 県知事が説く“健康と病気の中間”という矮小化された概念でもなければ、薬用酒のCMで流布された“病気の手前”ということでもない。侵害を防ぐ予防とは反対の概念とされている。つまり、西洋医学と異なる東洋医学の独自の概念、思想である。

 厚生白書(平成9年版)でも、「未病」について、健康と疾病の状態を二律背反的にとらえる西洋医学の二元的健康観とは異なる東洋医学の一元的健康観が背景にあり、「健康の程度には高い状態から低い状態まであって、それが低下すると疾病の状態に至るという連続的な見方をするもの」としている。

 また中国の古典『難経』を引き「上工(名医)は未病を治し、中工は已病(いびょう)を治す」(上手な医者は現病の治療だけでなく、それに次いで生じる病気をも予防することが出来るが、並の医者は今ある病気を治すだけである)を挙げ、「疾病の拡散・転移および悪循環の防止が期待できるとされる」と解説している。

 

◆ 国家戦略特区と連動する事業、旗振りのヘルスケア・ニューフロンティア推進局が主導

 神奈川県は、この「未病」を「心身の状態は健康と病気の間を連続的に変化するものと捉え、このすべての変化の過程を表す概念」と定義。「未病を治す」との旗を「最先端医療・最新技術の追求」と併せて掲げ、健康な長寿社会を作るとしている。この両者の融合を「ヘルスケア・ニューフロンティア」と称している。

 一見、原典を踏まえているかのようだが、展開されている事業の内実は「医療」ではなく「産業振興」である。しかも二律背反的な健康観による「治す」の域を超えていない。

 神奈川県は、この未病対策を未病産業と位置づけ、「未病産業研究会」を食品会社、住宅機器、IT関連企業らの参加で設立(2014.8.22)、未病産業のモデル事業へ補助金を出し推進。また独自解釈の「未病」概念の周知へ「ME-BYO®」(ミビョウ)の商標登録、シンポジウムやキャラクター作り、デパート前CM広告と、これまで多額の県費を費やしている。主導する県の部局は医療担当の保健福祉局ではなくヘルスケア・ニューフロンティア推進局である。さすがに県議会で自民党より「未病」と名がつけば何でも認められるのかという痛烈な批判がだされている。

 採択されたモデル事業は、▼ウェアラブル端末による脈波測定によるメンタル測定チェック、▼医療機関「外」施設での鼻汁の自主採取によるインフルエンザ検査機器、▼SNSを活用した体重・食事の記録・写真の収集による糖尿病予備群への食事指導サービス、▼アミノインデックス検査と遺伝子検査(MYCODE)<検査キット>サービスなど、本来、医療機関で行ってきた疾病予防、保健指導の企業による産業化、自己測定ビジネスモデルの構築が、大手企業の提案として顔を揃えている。東洋医学の唱える「治未病」とは似て非なるものである。

 これらは、診断補助の域を出ず医師による「確定診断」ではない、誤った自己診断による治療の遅れや感染拡大などを誘発・助長するおそれがある。結果的に、医療機関から「医療」を奪い、患者を医療から遠ざけるものとなる。

 

◆ 成長戦略の一環、「グレーゾーン解消」の実験場の側面も 医療を営利産業の好餌とする政策に反対

 しかもこの未病対策と最先端医療等の融合(「ヘルスケア・ニューフロンティア」)は、国際戦略総合特区、国家戦略特区の中で位置づけられ、税制・金融の支援と、規制緩和措置がとられ進められている。

 一方、いま経産省は「グレーゾーン解消制度」「企業実証特例制度」として、「自己採血による簡易血液測定」など企業が製品開発・事業展開する際に、現行の法規制の適用の確認や、規制緩和の特例措置を企業単位で認める制度を敷いている(産業競争力強化法第9条、8条)。

 簡易血液測定とは、薬局などで、自己採血と試薬により自己診断する検査キット製品での測定であり、このグレーソーン解消制度で合法となっている。また、薬局店頭での唾液による口腔内環境検査も合法と確認され製品化が認められている。

 これまで規制改革議論の中でOTC検査薬の拡大として、侵襲性のない「尿・糞便・鼻汁・唾液・涙液」の検査があげられてきたが、既にこれに呼応する形で、診療に供しないことを前提に、自己採取した検体で血糖値や中性脂肪を簡易検査する事業者のサービスが「検体測定室」として制度化(2014.4.9)されている。これは県や厚労省等への登録は不要である。この枠組みを使い、先述の薬局店頭での簡易検査が可能となっている。製品開発もセットである。検査結果に関し法制上は事業者の助言が禁止されているが、実際的には薬剤師等の関与は想像に難くない。

 

 つまり、これらを総合すると、未病産業創出のモデル事業として公募、助成金支出で育成、社会的に認知が図られたものが、グレーゾーン解消制度でステップアップをし、産業化していくというルートに載るのである。実際、未病産業のモデル事業でグレーゾーン解消制度に、適法の有無を照会申請している事業がある。

 これら、国家戦略特区も、グレーゾーン解消制度も、日本再興戦略(成長戦略)の一環である。繰り返すが決して医療ではない。

 

 われわれは、不可解な言説で県民を眩惑し、医療を簒奪する、未病産業創出に異を唱え、強く反対する。

2016年3月24日