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2011/1/25 政策部長談話「患者の病名・治療情報の流出の危険性はないのか?法律に根拠ないデータ・べース構築と、勝手な無断利用の制度化を憂う」

患者の病名・治療情報の流出の危険性はないのか?

法律に根拠ないデータ・べース構築と、勝手な無断利用の制度化を憂う

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 厚労省は1月20日、患者の病名、治療内容、医療費などの医療情報の公開を決め、大学、研究機関、省庁、健保連などへ、その利用目的の公益性を審査し提供することとした。この情報は医療機関が治療に要した費用を保険者に請求する際の「診療報酬明細書」の記載内容であり、既に09年度より全ての患者に関し厚労省内でデータベースが構築されており、その集積件数は15億件に上っている。提供にあたり患者プライバシーに配慮し匿名化などを施すとしているが、われわれは下手な流出をした場合に被害は甚大だと非常に危惧している。また、費用支払い以外に患者に無断でこのデータを流用活用させるという、「目的外利用」は問題性が非常に大きい。それどころか、データベース構築そのものが、本当は法的根拠が存在していないにもかかわらず実行されているという極めて許しがたい根本的な問題がある。われわれは国民合意も法的正当性もなく進められている、この患者の医療情報のデータベース構築と目的外利用の制度化を即刻、撤回することを強く要望する。

 健康保険法に基づき、医療機関は患者の治療に際し、その対価を保険者に月単位で請求する。その内訳が、国の公定価格の点数表に基づき作成される診療報酬明細書(レセプト)である。このレセプトは患者ごとに作成され、氏名、病名、治療開始日、診療日数、検査・投薬・処置の項目名、総費用などの詳細が記載されている。つまり秘匿性の高いデータであるが、その利用目的は医療機関への対価支払いに限定されている。周知の通り、医療機関は守秘義務が課せられており違反は刑法で問われる。

 このレセプトのデータベース構築は、一般的に高齢者医療確保法(高確法)に基づき行われていると理解され、基本的な根拠に誰も疑問を差し挟んでこなかった。しかし、根拠と思われている同法第16条第2項、同法施行規則第5条をよく読むと、実は根拠が存在していない。法文では医療費適正化計画の作成・評価・実施に資する調査・分析のため、保険者は必要な情報を厚生労働大臣に提供することを義務とされているものの、具体的に提供する情報は、(1)医療費、(2)診療件数、(3)診療日数に関し、A地域別、B年齢別、C疾病別、D診療内容別、E男女別、F医療機関の種類別の情況に関する情報、ならびに(4)医療機関数、(5)病床数に関しての情報と規定されているにすぎない。患者個別の医療費などの提供は求められておらず、いわんやレセプト情報の提供も義務付けられていない。しかも、保険者が直接、厚生労働大臣に対して支払基金、国保連合会とのやりとりで使用するパソコンとオンラインか、電子データにより情報提供することとしており、支払基金などが保険者の代理で厚労大臣に提供することは規定していない。これらのことは1月21日に照会した厚労省も認めている。

 更にはこの構築されたデータベースの目的外利用に関しても根拠がない。照会した厚労省は、閣議決定(平成22.6.22)と行政機関保有個人情報保護法第8条第2項4号を挙げたが、後者は「専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき」に限り、目的外利用の際の行政機関の長による保有情報の提供の禁止を解除できるとしているにすぎない。専用目的や利益の明白性に照らしレセプトデータの目的外利用は妥当性が乏しく、そもそも保有情報のデータベースが根拠を欠いているので成り立たない。閣議決定は法を超えることはありえない。よって、厚労省も新法の必要性に言及せざるを得ない状況である。

 このレセプトのデータベース構築と目的外利用は、医療現場から要望されたものではなく、主に有識者や研究者などから求められてきたものである。医療の質の向上、効率化に資するなどとの理屈付けがなされてきたのである。

 しかし、果たしてそうなのであろうか。一般的に誤解があるが、レセプトは治療内容がすべては記載されてはいない。保険ルールに基づき、公定価格の点数表で対価の評価がなされている費目が記されているにすぎない。例えば、外来の看護労働は対価がない。血液検査なども確定診断のため10項目以上実施してもそれ以上の対価はない。対価の評価は中医協で決定されているが、モノ・技術・労働の根拠ある経済評価はなされておらず、「価格政策」でいつでも変動する。実施した治療はカルテ(診療録)や看護記録と違いレセプトでは全容はわからないのである。

 そもそも、医療の質とは何をさしているのか不明である。材料の均一化や品質改良が可能な製造品や、購買意欲やマニュアル化に支えられる商品・サービスなどと、医療は根本的に異質であり、医療は常に個別的、個人的なものである。疾病は、家族歴、生活習慣、食習慣、既往歴、職住環境など千差万別の背景があり、薬の効き方、回復の仕方、説明の理解度、不安感の現れ方など患者個々に違う。また医療機関の数や規模・種類や診療科目の分布・連携状況にも規定される。なによりも患者の生活圏での治療を無視しては成り立たないのである。

 これら医療現場にとってあたりまえのことを踏まえれば、レセプトの分析・調査により医療の改善に資するとは到底思えない。つまりは、医療に投入されているあらゆるファクターを捨象し、公定の価格表で換算された費用にのみ着目、矮小化して研究成果をつくりだし、医療費抑制や医療政策に適用することになる。

 この間、有識者により様々なことが提案され、医療の本質を見誤った政策が実行に移されてきた。とりわけ90年代中葉以降、低医療費政策の強化の下、競争原理の徹底、医療資源の集中と選択が断行され、病院・診療所の淘汰と患者の病院集中による医療崩壊、地方や過疎地での医療空白が続出している。国民医療のトータルな意味での「質の向上」や「効率化」などは決して何も図られていないのである。医療費を優先した施策の罪過である。優先すべきは患者の治療機会の保障、医療内容の向上や医療連携、医療機関の存立である。

 医療の向上の鍵は対価請求のレセプトにはない。現場の医療者の許にある。

 糖尿病患者の登録と保健師訪問で治療成績を挙げたかつての八尾市や肺炎球菌ワクチンの接種で健康度が向上した北海道の旧・瀬棚町など医療者を中心とした地域実践の好例は医療費を適正化することも副次的になし遂げている。全国の医療者が意欲をもってその策定に参画した各都道府県の第1回の医療計画は、官僚の作文に堕した第2回以降と違い、いまでも検討と発展の材料に値する。現場からのモデル事業報告も厚生労働省にはたくさん集積されているが、ほとんど死蔵されたままである。

 レセプトのデータベースの目的外利用に、いま過大な期待と無用な幻想が振り撒かれている。われわれは、医療者として患者情報の流出の危険性を非常に危惧するともに、政策的に不要な混乱を医療現場にもたらす可能性が非常に高い、このレセプトのデータベースの目的外活用ならびにデータベース構築を即刻、撤回するよう改めて要望する。

2011年1月25日

 

患者の病名・治療情報の流出の危険性はないのか?

法律に根拠ないデータ・べース構築と、勝手な無断利用の制度化を憂う

神奈川県保険医協会

政策部長  桑島 政臣


 厚労省は1月20日、患者の病名、治療内容、医療費などの医療情報の公開を決め、大学、研究機関、省庁、健保連などへ、その利用目的の公益性を審査し提供することとした。この情報は医療機関が治療に要した費用を保険者に請求する際の「診療報酬明細書」の記載内容であり、既に09年度より全ての患者に関し厚労省内でデータベースが構築されており、その集積件数は15億件に上っている。提供にあたり患者プライバシーに配慮し匿名化などを施すとしているが、われわれは下手な流出をした場合に被害は甚大だと非常に危惧している。また、費用支払い以外に患者に無断でこのデータを流用活用させるという、「目的外利用」は問題性が非常に大きい。それどころか、データベース構築そのものが、本当は法的根拠が存在していないにもかかわらず実行されているという極めて許しがたい根本的な問題がある。われわれは国民合意も法的正当性もなく進められている、この患者の医療情報のデータベース構築と目的外利用の制度化を即刻、撤回することを強く要望する。

 健康保険法に基づき、医療機関は患者の治療に際し、その対価を保険者に月単位で請求する。その内訳が、国の公定価格の点数表に基づき作成される診療報酬明細書(レセプト)である。このレセプトは患者ごとに作成され、氏名、病名、治療開始日、診療日数、検査・投薬・処置の項目名、総費用などの詳細が記載されている。つまり秘匿性の高いデータであるが、その利用目的は医療機関への対価支払いに限定されている。周知の通り、医療機関は守秘義務が課せられており違反は刑法で問われる。

 このレセプトのデータベース構築は、一般的に高齢者医療確保法(高確法)に基づき行われていると理解され、基本的な根拠に誰も疑問を差し挟んでこなかった。しかし、根拠と思われている同法第16条第2項、同法施行規則第5条をよく読むと、実は根拠が存在していない。法文では医療費適正化計画の作成・評価・実施に資する調査・分析のため、保険者は必要な情報を厚生労働大臣に提供することを義務とされているものの、具体的に提供する情報は、(1)医療費、(2)診療件数、(3)診療日数に関し、A地域別、B年齢別、C疾病別、D診療内容別、E男女別、F医療機関の種類別の情況に関する情報、ならびに(4)医療機関数、(5)病床数に関しての情報と規定されているにすぎない。患者個別の医療費などの提供は求められておらず、いわんやレセプト情報の提供も義務付けられていない。しかも、保険者が直接、厚生労働大臣に対して支払基金、国保連合会とのやりとりで使用するパソコンとオンラインか、電子データにより情報提供することとしており、支払基金などが保険者の代理で厚労大臣に提供することは規定していない。これらのことは1月21日に照会した厚労省も認めている。

 更にはこの構築されたデータベースの目的外利用に関しても根拠がない。照会した厚労省は、閣議決定(平成22.6.22)と行政機関保有個人情報保護法第8条第2項4号を挙げたが、後者は「専ら統計の作成又は学術研究の目的のために保有個人情報を提供するとき、本人以外の者に提供することが明らかに本人の利益になるとき」に限り、目的外利用の際の行政機関の長による保有情報の提供の禁止を解除できるとしているにすぎない。専用目的や利益の明白性に照らしレセプトデータの目的外利用は妥当性が乏しく、そもそも保有情報のデータベースが根拠を欠いているので成り立たない。閣議決定は法を超えることはありえない。よって、厚労省も新法の必要性に言及せざるを得ない状況である。

 このレセプトのデータベース構築と目的外利用は、医療現場から要望されたものではなく、主に有識者や研究者などから求められてきたものである。医療の質の向上、効率化に資するなどとの理屈付けがなされてきたのである。

 しかし、果たしてそうなのであろうか。一般的に誤解があるが、レセプトは治療内容がすべては記載されてはいない。保険ルールに基づき、公定価格の点数表で対価の評価がなされている費目が記されているにすぎない。例えば、外来の看護労働は対価がない。血液検査なども確定診断のため10項目以上実施してもそれ以上の対価はない。対価の評価は中医協で決定されているが、モノ・技術・労働の根拠ある経済評価はなされておらず、「価格政策」でいつでも変動する。実施した治療はカルテ(診療録)や看護記録と違いレセプトでは全容はわからないのである。

 そもそも、医療の質とは何をさしているのか不明である。材料の均一化や品質改良が可能な製造品や、購買意欲やマニュアル化に支えられる商品・サービスなどと、医療は根本的に異質であり、医療は常に個別的、個人的なものである。疾病は、家族歴、生活習慣、食習慣、既往歴、職住環境など千差万別の背景があり、薬の効き方、回復の仕方、説明の理解度、不安感の現れ方など患者個々に違う。また医療機関の数や規模・種類や診療科目の分布・連携状況にも規定される。なによりも患者の生活圏での治療を無視しては成り立たないのである。

 これら医療現場にとってあたりまえのことを踏まえれば、レセプトの分析・調査により医療の改善に資するとは到底思えない。つまりは、医療に投入されているあらゆるファクターを捨象し、公定の価格表で換算された費用にのみ着目、矮小化して研究成果をつくりだし、医療費抑制や医療政策に適用することになる。

 この間、有識者により様々なことが提案され、医療の本質を見誤った政策が実行に移されてきた。とりわけ90年代中葉以降、低医療費政策の強化の下、競争原理の徹底、医療資源の集中と選択が断行され、病院・診療所の淘汰と患者の病院集中による医療崩壊、地方や過疎地での医療空白が続出している。国民医療のトータルな意味での「質の向上」や「効率化」などは決して何も図られていないのである。医療費を優先した施策の罪過である。優先すべきは患者の治療機会の保障、医療内容の向上や医療連携、医療機関の存立である。

 医療の向上の鍵は対価請求のレセプトにはない。現場の医療者の許にある。

 糖尿病患者の登録と保健師訪問で治療成績を挙げたかつての八尾市や肺炎球菌ワクチンの接種で健康度が向上した北海道の旧・瀬棚町など医療者を中心とした地域実践の好例は医療費を適正化することも副次的になし遂げている。全国の医療者が意欲をもってその策定に参画した各都道府県の第1回の医療計画は、官僚の作文に堕した第2回以降と違い、いまでも検討と発展の材料に値する。現場からのモデル事業報告も厚生労働省にはたくさん集積されているが、ほとんど死蔵されたままである。

 レセプトのデータベースの目的外利用に、いま過大な期待と無用な幻想が振り撒かれている。われわれは、医療者として患者情報の流出の危険性を非常に危惧するともに、政策的に不要な混乱を医療現場にもたらす可能性が非常に高い、このレセプトのデータベースの目的外活用ならびにデータベース構築を即刻、撤回するよう改めて要望する。

2011年1月25日