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政策部長談話 「改めて、医の倫理問う朝日新聞報道を支持する」

改めて、医の倫理問う朝日新聞報道を支持する

 

神奈川県保険医協会

政策部長 桑島 政臣


 朝日新聞の東大医科研報道を巡り、本質を逸らす批判が執拗に続き、関係者による提訴が起きている。10月15日の報道「臨床試験中のがん治療ワクチン 『患者が出血』伝えず 東大医科研、提供先に」は、臨床試験において有害事象報告を欠いたこと、これが先端医療開発特区(スーパー特区)という医療法制の規制緩和の枠組みのなかで起きたことを衝き、医の倫理を問いただしたものである。

 臨床試験の二重基準化、安全・有効性の未確立な医薬品等と医療保険の併用(臨床研究と医療保険の混合診療)など、被験者保護のヘルシンキ宣言の蹂躙や皆保険制度の形骸化へと、歯止めなく歩みを進める現状に、事実をもって警鐘をならした朝日新聞の報道姿勢を改めてわれわれは支持する。

 

 この医科研の問題は、医療「事故」ではない。臨床試験における実施体制・管理体制の欠落である。二重基準の下、臨床試験での有害事象の報告義務は確かにないが、一方で同じヒトへの介入試験である治験においてはGCPで義務化されている。われわれは、高度な医療、先進医療を担う大学・研究機関においては、より高い倫理性が求められると考えており、逆にいえば、有害事象の報告を欠くような研究機関に高度な臨床試験を担う資格はないと考えている。

 なぜならば、自然科学の医学において、事実の観察・記録・開示は要諦であり、既知の有害事象だから報告を欠いてよいとか、義務がないからよいという話ではないからである。人体実験はやってはいけない、ヒトを対象とする臨床研究の基本事項である。この遵守が被験者保護の前提である。有害事象の報告を怠ったこと、これが、医療法制の規制緩和・規制改革の下で起きたことが問われているのである。

 

 隠蔽の印象を与えたとの、報道への批判もあるが、記事は一言もそのようなことは触れておらず、報告を欠いたことを、背景と合わせて問題として提示したのである。

 また内部の調査で、記事中の「なぜ知らせてくれなかったのか」との関係者が不在だとして、医科研は捏造の疑いありと批判を繰り返しているが、取材源の秘匿を逆手に取った悪印象づけの感が強い。

 名前が挙げられた研究者はがんペプチドの開発者ではないとする批判も、発明者、発見者ではないものの、一般的に探索に関与した人物は「開発者」と称されるのであり、医療界でも大方はその認識にある。名誉毀損の言も、この分野での第一人者としての評価はまったく揺らぐものではなく、ゆえに高潔性が求められているとの示唆にとどまっている。

 

 初出記事との批判もあるが、朝日新聞は当該編集委員による臨床試験、臨床研究に関する記事、「臨床研究、新薬承認に壁 大学などの研究者、データを申請に使えず」(09.7.31)、「国の臨床研究費、足りず 人件費、製薬会社の寄付頼み」(09.11.27)など二重基準、低予算科研費、スーパー特区、高度医療などの問題を解き、提示してきている。また、別記者によるスクープ「「倫理委承認」「患者が同意」と偽り3論文 医科研教授」(08.7.11)、「甘い体制整備、倫理「個人任せ」 東大医科研虚偽論文」(08.7.12)など倫理委員会の機能不全や研究倫理を問う記事を掲載してきている。

 

 患者の経済負担がないから混合診療の問題ではないとする批判があるが、保険診療は療養担当規則で特殊療法を禁止しており、この原則の上で保険外併用療養として認められたもの以外の混合診療は禁じられている。安全性・有効性の未確立な未承認薬の使用は、大臣承認による高度医療の適用を受けなければ、保険外併用療養とはならず、東大医科研は認められていない。

 この臨床試験に保険診療の費用をあてがった「高度医療」(第3項先進医療)は、混合診療の無原則化に大きく道を開いたものであり、われわれは異を唱えてきたが、これとて大臣承認が個別に必須であり、すべての臨床研究で混合診療ができるのではない。この発覚で臨床研究が中止になったという批判は理屈が逆立ちしている。そもそも自費診療部分の費用を患者負担させなければよいというのは、健保法、保険診療の制度理解を完全に欠いている。

 関東信越厚生局の東京事務所は、きちんと事態の把握と調査をすべきである。

 

 われわれは、医学の進歩、発展や臨床試験の充実を何ら否定するものではない。問題の根本は、自由度のある科学研究費が公民ともに潤沢にないことにある。しかし、だからといって、保険診療と峻別される臨床試験に保険診療の財源を投入する制度緩和や、GCPに縛られない臨床試験の二重基準化は解決の方向が間違っている。中医協を舞台とした混合診療の緩和は、新たな提案を見るにつけもはや歯止めが効かなくなっているだけに、われわれは非常に危惧している。

 

 保険診療は、社会保障制度の中の健康保険制度として、有効性・安全性の確立された医療を提供する最適保障を約束し、国民全員に加入と保険料負担を負わせている。未確立な臨床研究へ保険診療財源の投入は制度公平や患者公平を完全に欠いている。このことの問題性は非常に大きいと考えている。

 

 二重基準化の臨床試験はGCPに則らないため、そこでの膨大なデータは、医薬品の製造・承認には連動しない、使えないのである。医薬品は薬事承認、保険適用となってはじめて、多くの医療現場で治療に使えるようになる。臨床試験の基準が一本化されてこそ、迅速に保険診療に還元されることになる。

 

 患者の誤解への配慮不足との声もあるが、記事は有害事象の解説など限られた紙幅の分量の中で誤解解消を図っており、報道における限界性がある。また臨床試験に患者は被験者として、リスクを納得、覚悟し参加しており、第一義的には有害事象報告を欠いた医科研が説明すべきものである。

 

 医療費抑制、研究予算の冷遇の下、医療者・研究者は誰もが患者のために腐心している。しかしヒト介入の臨床試験の厳格な管理を緩める規制緩和や、患者に自費負担をさせ負担を負えない人の保険料をあてがう混合診療での解決は本末転倒である。いま医療界は医療倫理を鋭く問われている。

 

 朝日新聞の報道は木鐸として役割を果たしたにすぎない。過剰なマスコミバッシング、インターネットを使った記者への人権侵害まがいの行為などは慎むべきであり、他山の石として銘記すべきだとわれわれは考えている。

 

 ヘルシンキ宣言に立ち返り、歯止めなき医療の規制緩和に抗す立場から、改めて朝日新聞の報道を支持するものである。

2010年12月17日