テーマ 「講師小さな胃癌を内視鏡で見落とさないために」
講 師 国家公務員共済組合連合会・横浜栄共済病院 病院長 細川 治
わが国での胃癌死亡率は減少傾向が続いているが,人口の高齢化の影響もあり,罹患数は減少しておらず,健康行政において胃癌対策が重要であることに変わりはない.胃癌検査方法には変遷が認められ,病院や医院での主たる胃検査法がX線検査から内視鏡検査に移行して久しい.しかし,内視鏡検査には胃癌死亡率を減少させると言う有効性の証明がないため,厚生労働省研究班が2006年に公表した検診ガイドラインでは内視鏡検査を胃癌検診に推奨しないとの結論が出されたことを知らない医療関係者が意外に多い.
わが国では1960年代から全国的に胃癌検診にX線検査が用いられて来た.横浜市においても毎年1万人あまりの間接X線検診,4万人あまりに直接X線検診が実施されており,内視鏡検診は施行されていない.行政が関与することもあり,X線検診においては死亡率減少効果に関する研究が以前からなされ,症例対照研究ではあるが,死亡率減少効果の面から有効性が証明され,未受診者より60%あまり死亡率が低下すると報告されている.しかし,前述のように日常診療の場で胃Ⅹ線検査は激減し,40歳以下で胃X線検査の撮影,読影が出来る医師はまれとなり,今後の継続や発展が疑問視されている.
他方,胃内視鏡検査においては小さな病巣の発見や微細な画像解析などに関して報告が多いが,拾い上げ診断精度に関する研究は少ない.われわれは届出精度の高い地域がん登録と照合した結果,胃内視鏡検査の偽陰性率は3年単位で26%と,驚くべき程高いことを算出した.また,偽陰性率は最近になるほど上昇し,男性,64歳以下の被検者,経験の少ない検査医で高率であった.部位的に偽陰性率がとりわけ高い個所はないが,偽陰性中の進行癌比率は胃の上側半分で高かった.
施設内の内視鏡検査で偽陰性となった患者資料の調査を行った結果では,内視鏡検査で胃癌が見落とされた理由は,病変が微細であることと明らかな病変を癌と診断できないことがほぼ同じ比率であった.残胃や噴門穹窿部の偽陰性理由では,内視鏡観察不十分であることが他部位より多く,この領域は偽陰性中の進行癌比率も高く,とりわけ丹念な観察が必要となる.内視鏡による胃癌偽陰性率が相当高く,また前年画像の再点検で病巣が描出されている,あるいは病巣部を撮影していないとの観察側の問題が多いことは他の施設からも報告されている.
内視鏡検査で偽陰性に陥る原因は,検査医の観察診断精度がそれほど高くないことが理由である.すなわち,病変を拾い上げることが十分でなく,また拾い上げた病変に的確な観察診断を与えることが出来ない.後者に関して,生検病理診断を基準とした内視鏡の観察診断能の評価を行った.その結果,やはり内視鏡観察診断能は不十分で,偽陰性率32%,陽性反応適中度52%であった.すなわち,100個の胃癌のうち,内視鏡医は32個を胃癌と観察診断せず,病理医が診断した.また,内視鏡医が胃癌と診断した100病巣のうち52病巣しか胃癌と病理診断されなかった.しかし,検査医の修練により観察診断能が向上することが期待された.一方,生検率比率と胃癌発見率は相関せず,むやみに生検比率を増やすことの意義は少ないと考えられた.
胃癌に対する内視鏡検診を肯定的に評価する研究がなかったことから,X線検診との比較を行ってみた.1986年から99年までの内視鏡検診と1995年度のX線検診の受診者を比較した結果,内視鏡検診の方が発見率,早期癌比率,生存率が高いことはこれまでに行われた他施設の報告と同様であった.これらの受診者全体を地域がん登録と照合した結果,検診から5年以内の胃癌死亡相対危険度は,内視鏡検診がX線検診より有意に低く,内視鏡検診はX線検診より上位の成績をもたらすことが判明した.
結論として,内視鏡が胃癌拾い上げに対する完璧な方法と言う訳では決してないが,X線検査撮影や読影ができる医師が減少しているため,内視鏡を用いた検診を導入しなければ,胃癌検診のこれ以上の普及発展は不可能と思われる.しかし,厚生労働省研究班のガイドラインが足枷となり,行政の対応は遅れている現状であり,今後の推進にご協力を賜りたい.